バロットの殻 (22)

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5 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2017/07/05(水) 14:43:06.49 ID:NTOxmFpR0

変な人。小さな呟きは講義室のざわめきにかき消された。
祥平はそれから、裕明と行動を共にしたがった。どうしても一人にしておけないとでも言うように。裕明の方も初めこそ戸惑ったが二週間もすると、隣に人がいることに慣れてしまった。

恋愛や、お互いの性癖に触れないことが、暗黙のルールだった。友人として。
共通点があることは喜ばしい。けれど、“そういう”気持ちで一緒にいるのだと、お互いに思われたくなかった。裕明は二周り近く離れたあの男のことをある意味で愛していたし、祥平も一年前に別れたパートナーへの感情を断ち切れていない。だからこそ、全く別の部分で新たな友人と分かり合いたかった。
彼らはよく趣味や自分の好きなものの話をした。

……俺、前に絵本作家になりたかったって話したろ、小学生のときクリスマスプレゼントで貰った本にすごく感動してさ、俺もこのひとみたいに、絵とか物語を作るのが上手かったらきっと、自分の秘密を、分かってくれる人だけに、こっそり打ち明けられると思った、でも俺は絵が下手で、ヘビの絵もゾウの絵も、帽子の絵も描けない、話なんて考えるのはもっと難しかった、それに、作者の気持ちはどうとか、変に誤解されるのも嫌だ、だから諦めた、今は、人の役に立つ仕事がしたい……

「お前は、なんで弁護士になろうと思うの」
裕明は視線を外した。
「儲かるから」
「嘘だろ」
「本当だよ。お金は大事だ」
裕明は嘘をつくとき人の目をまっすぐ見つめ、本当のことを言うとき目をそらす。だから、誰も彼の哀しみに気付かない。
生きていくために身体を換金してしまった彼の哀しみについて。裕明はその哀しみを愛と呼んでいる。自分を買い取った男を愛していると無意識のうちに思い込むことで彼は生きてはいけないのだ。壊れてしまうから。
「お前は愛より金か」
「そういうのやめてよ」
裕明は背後にまとわりつく後ろめたさを隠して笑った。あの男が見張っている気がした。きみは隣人に惹かれているのではないのか。私を裏切る気か、と。
裕明は男を裏切ったりなどしなかった。酔っ払って一度だけ祥平とくちづけを交わしたことがあるが、お互い顔をしかめていた。
「なんか弟とキスしたみたい。きもちわり」
「失礼だな。兄さんの間違いだろ」
二人はすぐに笑った。なんてことなかった。
彼とはずっと友人であり続けると裕明は確信していた。
次の土曜日までは。