バロットの殻 (22)

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4 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2017/07/05(水) 13:18:20.64 ID:EBdoGlpT0

「場所、変える?」
「ううん、僕これから映画見るから、いい」
「何見るの?」
「秘密」
本当は分からなかっただけだ。
「当ててやるよ。それは日本兵の幽霊が見える男の子と、ガンの女の子の映画だ。結局死んじゃった女の子のお葬式で、男の子は彼女との楽しかった出来事しか思い出せなくて笑っちゃうの」
「なにそれ。そんな映画あるの?」
「いま考えたから知らない」
裕明は呆れて笑ってしまった。
「話考えるのが上手いんだね」
「うん。俺昔は絵本作家になりたかったの。でも今度また話すよ。急いでるんだろ?」
腕時計を見ると確かにもうすぐ上映時間だ。そろそろ行くよ、と声をかけて伝票を取った。
「待てよ。携帯教えて」
「今持ってない。番号も覚えてない」
「ええ……携帯を携帯しないって、どうよ」
「ごめん」
「ま、いいや」
脇に置いてあるナプキンに祥平はペンで番号を書き入れ、裕明に差し出した。
「俺の番号。あとでかけて」
「ああ……ありがと」
レジに立つと、会計は既に済まされていた。おそらく店長だと思われる紳士が、「あの子にツケておきました。いきなり話しかけたりなどして、迷惑だったのではないですか」と申し訳無さそうに首を傾げた。裕明はかぶりを振った。
「そうですか。よく言えば人懐こい、悪く言えば馴れなれしい子です。やかましいと思ったら拳骨で構いませんよ。遠慮はいりません」
紳士は瞳を弓のように細めて笑った。愛されている。山本くんは、愛される人だ。裕明はそう感じた。

映画が終わって、帰ってきたあとポケットを探った。くしゃくしゃになってしまった紙をきれいに広げ、机の上に置いた。今日、初めて友達ができた。ただの数列なのに裕明は嬉しくなって、その番号をじっと見つめていた。
そして、裕明の携帯に初めて人間の番号が登録された。あの男以外で。

月曜、講義室に向かうと、確かに山本祥平は、いた。裕明を見つけると教科書とノート一式を持って隣に腰掛け、ふくれっつらを見せた。
「すぐ電話くれると思ったのに」
「何を話したらいいのか分からなくて……友達って、毎日電話したりするの?」
裕明は長く一人でいたせいで、友人との付き合い方というものが全く分からなくなっていた。
「そうじゃなくて、お前がかけてくれなかったら俺も番号登録できないじゃん。お前携帯持ち歩かないしよ」
「あ、そっか。でも今日は持ってるよ。休み時間に着信入れとく」
「おー、サンキュー」
祥平が白い歯を見せて笑うのを見て、裕明はなんとなく落ち着かない気持ちになり指をいじくった。
「僕と仲良くして大丈夫なの」
「どういう意味?」
「僕が男の子たちにユーレイって呼ばれてるの、知ってる。あまり話さないし、顔色が悪くて、ふらふらしてるから。誰かの彼女を取ったとか言われたこともあるし。取るわけないのに」
「ふーん?でもそんなのカンケーないよ。俺が誰と仲良くしようと勝手じゃん」