愛ゆえに (9)

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3 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2017/03/10(金) 17:49:01.57 ID:VO3MbI9W0

翌朝出勤するとデスクに紙が挟んであった。
「今夜も待っています」
貴洋や父洋の字ではない。とするとY本か。
今夜も待っていますーーまさかハッテン場だろうか。Y本がホモという噂は大学時代に聞いたことがある。とあるサークルの上級生にスカウトされ、彼らの性処理をしていたらしい。
とすると、昨日僕がセックスした相手はY本だったのだろうか。中肉中背で聞いたことのあるような声、思い起こせば昨日僕の抱いた男とY本の特徴は一致するように思う。
Y本は同僚としては好きだが恋愛や性的対象として意識したことがなかった。しかし遅漏すぎる僕がセックスでイけたこと、行為後に思わず抱きついてしまったことを思えば、Y本との体の相性は良かったようだ。たしかに彼のフェラと程よく締まったアナルは格別に僕の性欲を満たしてくれるものであったし、どこか安心感のある温もりを感じた。

僕はY本を呼び出し紙を見せた。デブ親子はまだ来ていないようだがいつものことだ。
「今夜もってまさか…?」
そう聞くとY本は少しうつむいた。
「…そうっす。オレ、Y岡さんのことずっと好きだったんすよ。大学時代にあなたを見た時から気になっていました。だから今になってチャンスだと思って近づいたんです。あなたのことが忘れられなくて一緒に仕事がしたくてここに来たんすよ」
突然の告白めいた話に驚いた。Y本の俯いた視線の先、応接室前にコーンがあった。見なかったことにする。
「今じゃオレだけのY岡さんになって欲しくて…Y岡さんがハッテン場に通っているのを知って昨日は後をつけたんすよ。ストーカーみたいなことをして挙句セックスまで誘って、その、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。でもなんで僕なんかのことを?」
Y本が僕のことを好いてくれているのがわかったが突然の告白に僕は混乱した。体の相性は良いのだろうが彼のことはわからない。そう考えると貴洋のことは性的な対象として見ていてもどこが好きなのかわからなくなってきていた。

「うーん、なんすかね。オレは男が好きで今までなすがままに生きてきました。でも、気になっていて近づいたY岡さんと同じ事務所で仕事をするうちに、この人とずっと一緒にいたい、この人の物になりたいって思ったんすよね。Y岡さんがからさんのことを気にしてるのはなんとなくわかってたんすけど、Y岡さんを諦めるどころか日増しにこじらせていくばかりで…こう思ったのはY岡さんが初めてっすよ」
僕は男と恋愛がしたいのではなくセックスがしたいだけなのだろうか。
たしかに男同士では男女のように結婚制度や子育てのような節目や縛りがないから同性同士の関係は不毛に思う。
僕は新宿二丁目のような場所や、汚らしいホモばかりが集まって群れる変なホモ文化が嫌いだ。こんなクソみたいなホモと一緒くたにされるのは御免だ。僕は僕の好みと信条に従う。僕はこいつらとは違う。
ホモであることを隠し社会的体裁を守るために偽装結婚するホモもいるほどだ。重度のロリコンでファザコンのTKと結ばれることが叶わないなら僕はそのようにして生きようと思っていた。

ところが今目の前にいる男はどうだろうか。僕のことを真剣に好いてくれているようだ。言葉より表情と口調でわかる。
「せっかくだからあんな所よりは今晩ホテルにでも行って話そうか。僕は少し考えたい。それに…」
「…それに?」
「…いや、なんでもない。それと、話してくれてありがとう」
Y本はニッコリ満面の笑みを見せると自分のデスクに戻っていった。なんだかいたたまれぬ気持ちになった。

今日の案件と午後の講演会の内容を整理しつつY本に言われた言葉を反芻する。今の僕はかなり複雑な気持ちになっている。
僕は貴洋を意識するあまり、情けないことに僕の嫌いな性欲発散ばかりを考える薄汚いホモになっていたことに気付かされた。
人を人として好きになることが僕の人生にあっただろうか。ホモとして、人としてというより、男との肉体関係を貪るだけの性欲の塊と罵られても仕方ない状態にいる。
Y本の気持ちを伝えられあの笑顔を見せられ、罪悪感というより自身の汚れた素行の悪さを見せつけられ戸惑っている。それだけY本の真剣なアプローチに胸を打たれたどころか殴打された思いだ。

…ダメだ、仕事が手につかない。僕自身の汚さに苛立つ。外でタバコを吸おうと立ち上がるとデブ親子がノコノコと出勤してきた。
チッと舌打ちをする。洋さんはそもそも有能会計士として事務所を構えていたのだからともかく、貴洋はというと僕がサジェスト汚染に加担してきた通りの無能である。
貴洋の無能さを思い起こしていた途端にどうでもよくなってきたが、まともな仕事の大半は洋さんのコネで得ているほどだ。事務所間借りとコネにあやかっているうちは息子の貴洋を無碍にはできない。
「Y岡くん、Y本くん、朝早くからご苦労ナリ。当職の代わりに今日も裁判所に行って開示請求を頼むナリ」
上からご苦労と言われて今日は無性に腹が立ってしまった。聞き流せていたことが聞き流せなくなっている。
「…からさん、そろそろ自分で行かれては?僕は僕で案件を複数抱えているんです。からさんの分までやる余裕なんて本来はないんですよ」
「!?当職は裁判所に行きたくないナリィィ、きっと誰かが見ていて当職が外に出るのを監視しているナリィィ…殺されるナリィィ…Y本くんでもいいから頼みたいナリィィィィ…」
また貴洋が青ざめて怯えてしまった。予想外であったろう僕の発言に洋さんも動揺しているようだ。
「はぁ…からさん、すみません。でもそろそろ精神科に行かれては?今日は僕が行きますが、交通費をご自分で出されて自分の足で裁判所へ行くのも洋さんからの自立への一歩になりますよ」

貴洋がこうなった悪事の片棒を僕は担いでいるのだから少なからず罪悪感を感じている。それに、洋さんの息子を心配げに見つめる母親のような眼差しを見ると、息子をコケにするのは高齢の洋さんの心臓にも良くないだろう。
息子の給与は洋さんの財布からそのまま別会計だしお世話代も僕らには出ている。ネットを与えればロリドル鑑賞とSNSで大はしゃぎ、言語能力すら怪しいこのデブは一人では何もできない。
「洋さん、朝から取り乱してすみません。ちょっと休憩してきます。からさんをお願いしますね」

オラ森に越してから久しく食べていなかったSOWAのアイスが食べたくなり、足を運ぶ。外の椅子に座ってアイスを食べながらタバコを吸い、アスファルトに痰を吐く。
一思案する。貴洋のことはともかく、Y本の突然の真剣な告白に僕は動揺してしまっている。
何故あの時断らずホテルで話そうと言ったのだろう。Y本の僕への真剣な思い、そしてあの笑顔には正直惹かれるものがあった。
Y本のことを知りたい、五感で感じたい。そんな思いが僕の中に芽生えてきていた。
からさんの好きだったこの味、事務所のみんなにも買って帰ることにした。

仕事を終え事務所から少し離れたホテルでY本と会うことにした。
予約を取った部屋でY本を待つ。僕の考えもだいぶ整理がついてきた。
約束の数分前にノックの音がして、Y本が入ってきた。洋さんが出かけてしまい、戻るまで貴洋の世話をしていたらしい。いつものことっすよと健気に笑いながら流すY本はいつも通りの彼だった。

そんな日常の他愛ない話を続ける。
「それで…僕のことなんだけど、Y本くんとはいい同僚だし、これからも変わらず同僚としていて欲しいと思ってる。からさんや洋さんとも」
「…そうっすよね、わかります。オレが早漏すぎなんすよね」
Y本は少しガッカリしながら誤魔化すように笑っていた。
「そりゃそうだ。体裁はきちんとしておきたい。Y本くんのことは好きだし、からさんも洋さんも好きだ」

「でもプライベートでは、その…一緒になってみたい。察しの通り僕はからさんが気になっていたし、ハッテン場で性欲を発散してきたようなクズ男だ。でもY本くんの真剣な思いと笑顔、今まで同僚として接してきた日々と昨日のことを思うと、Y本くんともっと近くで過ごしたいと思うようになった。だから、その…」
俯いて半泣き気味だったY本の表情が少し明るくなる。こういうわかりやすい所にも惹かれるものがあったのかもしれない。
「僕は人とまともに付き合ったことはないが、Y本くん、いや、S平と少しずつ心身とも深めて付き合いたいと思った。だから…」
「じゃ、じゃあ…オレと…?」
「まだ正直、僕の中できちんと整理がついていない。でも、からさんとはただの同僚として接していこうと決めたし、S平の実直な思いに僕は惹かれてしまった。だからS平とこれからはもっと深く付き合っていきたいのだけど…こんな僕で本当にいいのかな?」
「Y岡さん…!じゃなくて、H明!やった!オレめっちゃ嬉しいっすよ!」
体全体で嬉しそうなY本が抱きついてきた。僕も優しくY本を抱きしめる。僕はこんな実直すぎるほどのS平に知らぬ間に惹かれていたようだ。
僕の心が温かいもので覆われていく。貴洋を荒んだ目で見ていた僕はもういない。僕とS平はこの時から心身ともにパートナーといえる仲になった。

僕とS平はゆっくりと深く唇を重ねた。