8 - 8/9 2016/11/04(金) 13:23:27 ID:eLytBpmE
「? なにを――」
言いかけた口を強引にふさぐ。至近距離で大きく見開かれる眼。
唇をこじ開け、歯茎をねぶる。奥に引っ込められていた舌を無理やりにとらえ、逃げようとするそれを僕のものと絡み合わせる。
ああ、やっぱり親子なんだな。その短い舌をねぶりながら僕は思う。あるいは恍惚とした感触のなかで、その感情だけが浮かび上がって来る。
舌の長さも、味も、少しざらついたその感触も、Kと同じじゃないか。僕の、僕だけの、Kと一緒だ。
夢中になって舌を動かしていると、どん、と激しく体を突き飛ばされた。
デスクに背中をしたたかに打ち付け、僕は床にひっくり返る。衝撃で書類の山が吹き飛び、事務所の床に白く散らばっていく。
「い、いったい、きみは……きみは、なにを……」
口を激しくぬぐい、荒い呼吸のままにHが言う。
その顔に浮かぶ表情に名をつけることは難しい。
困惑、羞恥、憤怒。人が併せ持つ様々な感情が入り混じった顔。
「……ふ、ふふ」
僕は思わず笑い声を漏らしてしまう。奇妙な深海生物を見るような瞳でHが僕を見ている。さらに笑いがこみあげてくる。
もう、戻れない。
カードを切るなら、今だ。
「……ねえ、Hさん。取引をしませんか」
話にまったくついてこれず、呆然とした表情でこちらを見る老会計士に、僕は薄い笑みを浮かべてみせる。
「なに、ちょっとした取引ですよ。あなたは時折僕の対象になっていただくだけで結構なんです。性的な欲求を発散するための、対象にね」
「な、何をバカなことを――」
「僕には、ちょっとした情報がありましてね。とある方面の権威の方から、いただいたものです」
言葉を切って僕はスーツのポケットに手を入れる。秘密の武器を取り出すと、男の顔を真正面から見すえる。
「……あなたも、身に覚えがあるんじゃないですか? とある試験に関する、問題流出に関してですが」
赤く染まっていたHの顔が今度は白く染まっていく。その色彩の変化を楽しみながら僕は話す。
「親は子を思う生き物、ええ、まったくそのとおりでしょうね。
僕はあいにくと子どもなんていないし作る予定もないけれど、なるほど、動物間であれ、親子の愛情にまさる美しい愛情なんてものはないんじゃないかな」
突き飛ばされた拍子にスーツの肩についたほこりをはたいて落しながら僕はつづける。白いほこりが宙に舞い、陽光にきらめく。
「幼い頃、テレビでサバンナの動物の特集をやっていましてね。襲われた子どものシマウマを、母親が身を呈して救ったんです。だけど哀れ、その母親はライオンの餌食となった。
……悲劇はえてして美しいものですし、愛情もしかり。だけどね、僕はこう考えます。醜い愛情が存在する以上は、醜い親子愛というものも存在すると思う」
――たとえば、出来の悪い息子を心配するあまり、とある資格試験の不合格を合格にしてしまうような、ね。