1 - 1/9 2016/11/04(金) 13:05:40 ID:eLytBpmE
もっと有能な人間であれば、僕のようなへまはやらかさなかっただろう。
知人が同僚となり、やがて恋人へと発展していくプロセスというものを構築していくにあたって、僕があまりにも不器用であったのは確かだ。
それは稚拙で純粋過ぎた、と言い換えても差し支えは無いし、経験不足と指摘されたならうなずくしかない。
確かにその通りなのだ。学業に身をささげてきた僕にとって、学生時代から色恋沙汰というのはどこか遠い別世界の話であったし、ましてや僕の場合、相手がひどく限定されてしまう。
厳しい親の目をかすめ、自室でこっそりと精を吐き出すのが関の山だった田舎の青年に、どうしてそういった様々な経験を積む余裕などあろうか?
しかし、こんな言い訳をいくら並べたところで事態が好転しないことは確かだ。
結論から述べよう。
僕はその日失恋をした。
それもかなり、遠回しなふうに、だ。
***
「ねえねえY君、ちょっと相談があるナリ」
その日曜、喫茶店でオレンジ・ジュース片手にKはこう切り出してきた。
そのころの僕らは、週末となれば2人でどこかへ遊びに行くのが当然になっていた。
「どこかへ」とはいうものの、Kは映画好き――というか、それはもう《フリーク》の領域だった――から、僕らの行く先もそういったところが自然と多くなっていた。
僕は彼と話題を合わせるために「映画 名作」などといった単語で2783回はグーグル検索をおこなったし、書店ではそれまで見向きもしなかった専門雑誌のコーナーに足を幾たびも向け、使うあてもなく溜まっていた給料はネット通販でのDVDに費やされていっていた。
その日も、僕らは先週封切りされたばかりの洋画を見に行った帰りだった。
別れが惜しくて若干口ごもりながら、「よければ、近くにいい喫茶があるんです。大学時代からの行きつけのお店でね」と誘った僕に、Kは軽くのってくれたのだ。
「相談? なんでしょう」と僕はコーヒーカップをスプーンでかき混ぜながら言った。
「うん、ちょっと、恥ずかしいナリけど……」
Kは頬を赤らめると、氷の半分溶けかかったグラスを両手で包み込む。
僕がそういった彼の反応に、少しばかり風邪な妄想を抱いてしまったのは、想像に難くないものと思う――特に意中の相手に、アプローチを何度も仕掛けては、のらりくらりとかわされているような男には、その薄紅がさした頬というものは劣情を駆り立てるには十分だった。
ざわつく胸のうちを抑えようとコーヒーを一口流し込む。……少々甘味が足りないな、もう少しシロップを足そう。
流体が胸のもやを体の奥の方へ流していってくれるような気がして、それで人心地ついたところで、「どうしたんです、話してみてくださいよ」と軽く促すと、彼は上目づかいにこういった。
「今度ね、先輩とデートの約束したんだけど……ちょっと、計画が練り切れない感じがして。Y君にもお手伝いしてほしいナリ」
かき混ぜるスプーンの手を思わず止め、僕は眼前の男をまじまじと見つめてしまった。
今しがたの言葉が頭の中でぐるぐると回転する。
先輩? 先輩ってあの、Kが昔所属していた事務所の、あの風俗弁護士のことか?
デート? デートってなんだ? デートっていうのは確か、一般的には恋人や、恋人へのステップを踏もうとしている2人のものだよな?
――待てよ、じゃあ今、僕とKがしているのはなんだ?
何かしら恐ろしい《予感》とでもいうようなものが僕の脳裏をかすめる。
いやだ、考えたくない、知りたくない。
幼児のように駄々をこねたくなる僕に、レッツ客観視と言わんばかりに、《予感》は《事実》へと正体を変えていく。
これはデートじゃない?
……少なくとも、Kはそう考えていない?