7 - 続く 2016/09/10(土) 16:41:07 ID:CLDQa.8U
「異世界に行きたいナリか?」
どうにも意識がはっきりしない。きっと酒を呑んで床に着いたからに違いない。
最近はどうにも上手く眠れず、アルコールの力を借りてようやく入眠できるとった有様だ。
それもこれも全ては……
「異世界に行きたいナリか?」
もう一度同じ言葉を耳にし、重い頭を振り向けると、懐かしい姿が目に映った。
弁護士唐澤貴洋弁護士。
特定、炎上、中傷と絶望のまっただ中にいた自分に救いの手を差し伸べてくれた人物。
そしてどん底から更に下へと突き落とした男。
彼に対する評価は難しい。一般論を持ち出すならば、炎上を更に加熱させたとして非難されるべきだろう。
しかし一度は自分を救うべく動いてくれたことは確かだ。
炎上を激化させたことだって、彼がネット炎上というものをいまいち理解していなかった、
つまり能力不足に起因する問題であって、決して悪意があったわけではない。
無能であることは非難されるべきかもしれない。
しかしその、無謀な案件にすら挑む精神はむしろ評価されるべきだ。
いや、これは自分に対する言い訳だろう。
自分が彼を嫌いになれない理由。
法テラスから紹介され、当時五反田にあった事務所に足を運び、初めて目にしたあの衝撃。歓喜。ときめき。
甘い痛みはずっと自分の心を支配した。何度も自殺を考えながらも思いとどまったのは、
この胸に淡く灯る炎だけは、何の罪もないこの想いだけは、せめて長生きしてほしいと思ったからだ。
からさん……
「異世界に行きたいナリか?」
三たび同じ言葉を投げかけられ、相変わらずふわふわした意識ながらもふと我に返る。
ここは自分の部屋だ。誰かを通すにしたって、家族が自分に確認を取るはず。
なぜ彼がここにいいる?
そして何と言った? 異世界に行きたい?
「そう難しいことではないナリよエヴェレットの多世界解釈によればこの世界いやこの世界を含む複数の世界は重ね合わせの状態であるナリ量子の重ね合わせがマクロたる我々が認識しうる世界にも同じように作用しているという言説ナリねあるいは例え話を持ち出すならば箱の中の猫を観察している我々自身が重ね合わせの状態にあるからこそ猫の重ね合わせ状態がマクロ的に観測できないということナリ今この瞬間にも世界は無数に確率論的分岐を続けているということナリよ」
つまり、どういうことだ。
「君は異世界に行くことができる……」
ああ、そうか。これは夢だ。寝る前にわざとらしいほどの願望従属型の小説もどきを読んだせいで、
こんなあからさまな願望従属型の夢を見ているのだ。