1 - 続く 2016/09/10(土) 04:10:23 ID:CLDQa.8U
「異世界に行きたいンゴねぇ……」
安物の文庫本をパタりと閉じ、誰に対して向けられたのでもない言葉を口にした。
異世界もの。最近ライトノベルではそういうのが流行っているらしい。
何の取り柄もない主人公がひょんなことから異世界におもむき、
こちらの世界の知識を利用して大活躍、ついでにロリで美少女で処女の女の子を何人もゲットする
……といったような、非常にわかりやすい願望充足型の物語だ。
努力はしたくない。しかし周囲からチヤホヤされたい。
だったら自分より劣った人間しかいない世界に行けばいいではないか。そういうことだ。
自己同一性を保持したまま生まれ変わり願望を満たす。非常に都合のいいストーリーである。
生まれ変わり願望。しかしその言葉は、自分にとっては別の意味を持っていた。
インターネット上の掲示板で固有の名を語り、自分を騙った。
ありもしない偽りの自分を作り出し、周囲を見下した。
掲示板には自分より劣った人間しかいない。自分で自分を偽ったことも忘れ、そう信じ込んだ。
そうすれば満たされた。満たされたと思っていた。その結果どうなった。
特定されて炎上。
止むことのない中傷。
弁護士に相談しましょう。
そして今に至る。大金はたいて弁護士を雇ったはいいが、騒ぎは鎮火どころかさらに燃える。
大学では自分を探しまわる連中に追いかけられ、自宅には不審者が次々と訪れ。
自分を探し出せないと知ると、攻撃者はその矛先を家族へと向けた。
父は車を壊された。母は売春婦に仕立て上げられた。
もうこの炎上は永遠に止むことはない。自分は一生、彼らから逃げ続けなければならないのだ。
頬に水滴が伝った。
「異世界に行きたいンゴねぇ……」
安物の文庫本をパラパラと捲りながら、もう一度同じ言葉を口にした。
紙の上では、主人公が小学生レベルの知識を偉そうに講釈垂れていた。