3 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2016/09/06(火) 09:02:06 ID:8Nbnru7k
まさかこんなところでまた会う事になるとは思わなかった。
僕の尊厳を踏みにじった、あの劣悪で醜悪で貪欲で強欲な兄に再び会うことになるとは。
あいつが弁護士をやっているなんて知らなかった。あんな奴が弁護士になれるなんて、日本の司法制度が崩壊している証拠だ。
もちろん向こうも僕が生きているなんて知らない。夢にも思わない。
なぜなら僕はあの日、あの崖で死んだのだから。そして、山岡として生まれ変わったのだから。
月明かりが照らす中見えた僕の先客の身分証明書、そこに載っていた顔は僕にそっくりだった。
年齢こそ一回り違ったが、それをごまかせるほど僕に似ていた。
これは運命だと僕は悟った。
今から山岡に生まれ変われば、僕は新しい僕でいられるのだ。兄の呪縛からも逃れられるのだ。
この考えはとても僕を魅了した。
崖の上に残っていた靴を崖下に投げ込み、遺書もばらばらに引き裂いて、潮風にその行方は任せた。
僕を包む世界のすべてが、僕のことを認めてくれている、そんな気分になった。
それから僕は山岡の身分証明書に書かれている家まで行った。一人暮らしだから問題はなかった。
自殺をしたくせに、玄関の近くに鍵は隠してあったから部屋に入ることはできた。
親や親戚がいないこと、知り合いとよべる人間もいないこと、それらを僕は遺書を読んで知っていたから、
これから僕が本当の山岡ではないとばれる心配はしていなかった。
すぐに僕はアルバイトをはじめがむしゃらに働いた。夜は夜間大学に通い法律を勉強した。
弁護士になろうとおもった。弁護士になって僕みたいな思いをしている人間を救うのだと決意した。
どうせ一度捨てた命だ、他人のために使うことになんの未練も感じなかった。
眠気で気を失うまで毎日勉強をした。
そして数年後、僕山岡は司法試験を突破し司法修習も終え、晴れて弁護士山岡になった。
弁護士になってから充実したひびが続いた。大変ではあるけれど、人のためになれることがとても嬉しかった。
お金のない人の相談には無料で応じた。所長は怒ったがなんだかんだいって許してくれた。
幸せな日々だった。
そんな日々にまたあいつが現れるなんて。これは運命に違いない。
事務所の移籍を快諾したのにはもちろんわけがある。目的がある。
あの人間を殺すこと、それこそ生まれ変わった僕の使命なのだろう。
そんなことをしても、結局、僕は幸せにはなれないかもしれない。
それでも、僕はそれが正しいと感じている。
普通の世界だったら人を殺すのはよくないことかもしれない。でも僕は一度、この世界からはじき出された存在なのだ。
事務所設立の話し合いがこれからある。
夜空には明るく月が光っている。
かばんにナイフをいれたことを確かめ、僕は待ちあわせの場所へと急いだ。
(終わり)