1 - 3 2016/08/27(土) 04:19:26 ID:6Hb7XUW6
唐澤貴洋は朝独特の、たるんだ冷気で目を覚ました。目覚まし時計にセットされた時間まであと30分。
もうずっとそうなのだが、健康的な習慣がついてしまって自動的に目が覚めてしまう。忙しい一日の前の、おまけの時間。毎日毎日繰り返しているのに、毎回毎回少しだけ得をしたような気分になる。
朝食は暖かいココア、さっぱりして風味漂うスープと軽く調理されたトーストである。喉の奥でゆっくりとせせらぎ、甘さの小石をどことなく残していくココア。そんな彼の喉の上を滑っていくのが、すでに舌を軽やかに舞うスープである。サクサクと音を立てるトーストも美味だ。
「もう食べ終わりましたの?お仕事…?」
キッチンから静かに話しかけるのは、予定より早く起きていた、そんな彼よりも更に早く起きていて、愛する夫の為に朝食を用意する貞淑な妻その人。
何年も寄り添ってきた彼女は子供こそいないが、清く美しいその存在は玉に勝るとも劣らない。
「ああ、今日は大変な一日なんだ。さる高名な方から依頼を受けてね。その後は芸能人の法律相談。あと、その前に昼は母校での講演もあるな。」
忙しそうに、それでいてどこか誇らしげな唐澤貴洋の声に、傍らでスーツを用意した細君は少し微笑む。
しかし、その後少しだけ頬を膨らませる。
「その芸能人の方って、もしかしてまたアイドルのお人?」
唐澤貴洋は気まずそうに笑う。彼は最近、芸能界からも陰で大きく支持を伸ばしている。そのため、トラブルの多いアイドルからの法律相談も増えてきているのだ。
唐澤貴洋の妻は上品な淑女である。若い頃からその美しさにも関わらず、奢ることなく気立ての良さを一心に唐澤貴洋に傾けていた。現に今も若いのだが。
しかし、少々やきもち焼きなのが玉に傷である……