4 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2016/08/22(月) 18:12:14 ID:5MYHS7xs
五ヶ月が過ぎた。
また上司は俺に小切手を書くように言ったが、0と書いて突っ返した。眉根を寄せた上司は、それでもホテルを取ったらしい。バカかこいつ。
当日の夕方、俺は彼に言う。
「今夜メシ行きません?」
「急だな」
「もう予約しちゃったんですけど。ホテルに連絡してチェックイン遅らせてもらえばいいでしょ」
「強引だね。いいよ、付き合うよ」
彼は微笑んで、仕事に戻った。
必死で記憶を辿り、彼の好きそうな店を急いで調べて予約を入れた。彼が喜んでくれたので、俺も嬉しかった。誰かが喜ぶことで嬉しいと思える気持ちが、俺にもあったことが驚きだった。
ホテルにも一応行ったが、彼を責め立てる気になれず、服を着たまま雑談をして終わった。
夜も更けて電車がなくなった頃、予め呼んでいたタクシーに彼を乗せた。
「送ってくれるのなんて初めてじゃないか」
「そうでしたっけ。じゃあまた」
「待ってよ。僕の部屋来る?」
「……いいです」
「じゃあきみの部屋は?」
「……」
タクシーの運転手がチラチラこっちを見ている。俺は乗り込み、行き先を変更してもらった。
「きみ優しいんだろ」
几帳面にシートベルトを締めながら彼は笑っている。
「なんでそう思うんですか」
「わかるさ。シャイだからそれを誤魔化してるだけだよ」
「じゃあそういうことでいいです」
俺の部屋に着いてから一度だけセックスした。コンビニで買ったビールを飲み、煙草を吸いながらくだらないテレビを見て、眠った。彼と寝たのがこれで最後になるとは、そのときは思いもよらなかった。
そして六回目の夜。
待ち合わせの時間に、彼は来ない。神経質な彼が遅刻だなんて珍しい。電話をかけたが通じなかった。
雨が降り始めている。二時間が過ぎて、ようやく彼はやってきた。泣きそうな顔だ。
「遅れて悪かったね、着替えてたから……飲んでもいい?」
「構いませんけど」
コアントロートニックを彼は飲んだ。そして、殺しちゃった、と呟く。俺は驚いて、思わずグラスを落とすところだった。
「誰を……?」
「わかるだろ?」
上司の顔が過る。
「今日さ、行くなって言われたんだよ。自分でセッティングしたくせに」
煙草に火をつけ、それをゆっくり吐いた。彼はそうしながら、どこか別の世界の、他人の話をするみたいにして少しずつ話を始めた。