1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2016/05/14(土) 00:06:34 ID:3DD2gK2I
ぷぅんという音が鳴ったので耳元をはたくと、山岡くんの尻に手が当たった。呻くような山岡くんの声と共に、芳しい香りが鼻孔をくすぐる。それは微睡んでいた当職の頭を覚醒させ、薄暗い森タワーの一室へと招待した。
聞こえるのは二つの寝息と遠い車の音。先程まで行為に及んでいた部屋は嘘のように静まり返っている。しかし火照りは未だ冷めていないのか、体にはほんの少し温もりが残っていた。それは再び夢へといざなうには十分であったが、どういうわけか瞼を閉じても乗ることが出来ず、かえって外界を鮮明にするだけであった。――これはいけない、明日は早いのだ。明日は大事な仕事がある、と思えば思うほどますます夢から遠ざかり、終には布団から起き上がってしまった。
ひんやりとした空気が身に染みる。桜は散り、次第に暖かくなってきたといえども夜はまだ冷え込み、褌一丁の当職には少し堪えた。電気を点け部屋を整えようとしたが、二人を起こしてしまいそうだったので布団を羽織り、そのまま明かりが差し込む窓際へと赴いた。
「床暖房を消したのは失敗だったナリ。」
囁くような声でひとりごちる。行為の最中に暑くて邪魔だろうと思い当職自らが消したのだが、今こうして床を歩いていると、夜に冷えた床が足を通してひしひしと伝わってくる。普段から温室で過ごしていたためであろうか、それが一層冷たく感じた。
さて、とりあえず窓際まで歩いてみたが、この後に何をするかは全く考えていなかった。自分でも何故窓際まで赴いたのかは分からない。しかし、恐らく、暗闇に差し込む、どこか懐かしいような夜明かりに惹かれたのであろう。暗闇に降り注ぐ光は昔を、生きていた頃の弟の姿を思い出させる。あの時は二人で真夜中に家を抜け出し、街灯も何もない真っ暗の河川敷で星を眺めていた。川がもう一つあると喜ぶ弟を尻目に、当職は何も見えない空を眺めて生返事を返していた記憶がある。
だが、今はあの時とは違い、当職にも光がはっきりと見える。当職がいるはるか下から差し込む、地上に蠢く星々の光が。
「美しいナリ……」
昂る感情を抑えきれず、思わず口に出てしまう。眼下に望む無数のネオン、夜空を貫く紅の塔。いつしか呼吸は荒くなり、ようやく火照りが鎮まった体も再び上気し始めていた。――これを厚史が見たらどう思うだろう!きっとあの時よりも喜ぶに違いない!――気持ちは逸る。光を浴びて深くなる影を知らずに。