ボイド (7)

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1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2016/05/12(木) 00:25:39 ID:TgDjNpfo

『ペルソナル・ナルラタイブ』。
近年若者の間で取引されているドラッグのことだ。このペルソナル・ナルラタイブには他の大麻やコカインなどの薬物はもとよりアルコールやタバコなどの中毒性のあるものの全てに無い独特な中毒性があるという。

それは更生施設に入れられている患者から聞いた話だ。
「私はペルソナル・ナルラタイブ等の薬物について研究している松戸真土、といいます。今日はこれについて君が知っていることを何でもいいから話してくれないかな?」
私は日々麻薬や覚せい剤について研究していたので更生施設や隔離病棟に何度も行き実際に使用した者達の話を聞いていた。が、私が訊いた患者はその誰とも似ついていなかった。普通それらの薬物を使用していた者達には外見に何かしらの特徴が現れるーー素人目だと何も気づかないが長年薬物と関わっている者が見たらハッキリわかるーー。
だが、ペルソナル・ナルラタイブを使用した患者には目の下にクマがあるだとか喉がただれているだとかの特徴が一つも無かった。禁欲に苦しんでいる様子も見られず誰がどう見ても一般男性である。
「はい、いいですよ。」
喋り方も紳士的だ。薬物に関わり捕まった者は下品な言葉遣いの者がほとんどだが、この患者が平静を装っているようには見えない。
「まず、ペルソナル・ナルラタイブとはどういった薬物で、使用するとどのような感覚に陥るんですか?」
ペルソナル・ナルラタイブはここ数年で開発され、爆発的に広まったため警察ですらその詳細を知らない。
「あれは僕が法政大学の入試に合格した時の出来事でした。僕の兄が合格祝いに、とある小包を手渡してきたんです。僕はそれをとても嬉しく思って自分の部屋で開けたんです。そしたらそれが入ってました。」
「薬物だ、って気づいたの?」
「いいえ、まったく。瓶に錠剤が入っていてラベルに『ペルソナル・ナルラタイブ』と書かれているだけでした。僕はそれをビタミン剤か何かかな、と思いました。受験勉強している時に兄が何度か栄養剤をくれたことがあったのでそのノリかと。」
彼の話が本当だったのなら警察は何をしているのだろうか。彼の兄が逮捕されたという報道はない。
「それで、どうしたの?」
「まず1錠飲みました。飲んだとたんに体から活力が溢れ出るのを感じました。でもその日は疲れていたのでそのまま眠りました。次の日から朝に1錠、夜に1錠ずつ飲みました。その頃から周りの人に注目されることが気持ちよくなってきました。ツイッターやLINEで自分の話を人にするようになりました。そのうちに注目されたくて悪いことをするようになりました。」
「その最たる行動が晴天騒動だね」
晴天騒動とは、梅雨の時期にも関わらず雲が一つも無かった珍しい日に起こった事件である。
ある青年がイスラム教の聖典クルアーンを燃やしムハンマドを罵倒する動画をインターネット上で公開したのだ。
世間やネットで世界中から批判が殺到し(1部肯定意見や推進する人々もいたが)青年の個人情報が開示された。その後青年の家に拳銃が送られる嫌がらせがおき警察が動いた。そしてその捜査中に青年が薬物を所持していたことが発覚し逮捕、現在更生施設に入れられている。
その青年こそが私の目の前にいる患者である。
「……、はい、そうです。今ではなぜあんなことをしてしまったのか理解できませんが……」
薬物により幻覚や幻聴がするというのはよくあるがここまで明確な行動をさせられる効果というのは前例がない。
また、性行為の時に使用することで快楽を増幅させる薬物はあるが、目立つことに快楽を感じるようになるだけでその薬物自体に快楽性や中毒性がないというものは初めてだ。
「松戸さん、私のような人が二度と出ないように頑張ってください。頼れるのは貴方だけなんです…」
「…、君のお兄さんについては、どう思うんだい?」
「………、兄はあれをいい薬だと思って買ってくれたんだとおもいます。兄は何も悪くありません。」
「…、わかった。薬物に若者が溺れないよう最善を尽くすよ。」
「おねがいします。」

彼は施設で数ヵ月後、中毒性アレルギーで死亡した。死ぬ前に自分の血で床に『〜〜殺す』と書いていたらしい。誰を殺すと書かれていたのかは読み取れなかったそうだが。
私は彼との約束を果たすため、若者の未来を奪う薬物への憎しみを忘れずに研究を続ける。