ではさよなら『崩星二厨』 (6)

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1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2016/05/04(水) 02:01:36 ID:yrkgaO7o

曇天が渦巻いている。とぐろを巻いてうねる厚い雲は、時折その隙間から太陽の光白けたように覗かせるが、ただそれだけだ。日の光の十分に届かないコンクリートの地面は、より冷たく、より固く、黒々と地面を覆っている。その表面を、鈍く湿った風が薙いでいく。男はその音を聞いていた。鼓膜を重く震わせるその音の中、男はうつむくようにして佇んでいた。
絶えず吹く強い風がスラックスのすそを小刻みにはためかせ、舞う砂埃が男のスーツに軽い音を立てて散る。しかし、男は微動だにしない。ただ、うつむいた自身の顔面を、スーツに通した両の腕、その節くれだった手のひらで隠すように覆っている。数刻もの間、男はそのようにして立っていた。
そうしている内に、風の中に奇妙な音が混じるようになった。金属と金属をすり合わせるかのような、か細く甲高い、かすれた音。どこか笛の音に似たそれが、吹きすさぶ風を縫うようにして響いている。それは曇天に向けて無数に突き立つビル群、その中空を抜けながら、徐々に近づいてきているようだった。
対して、男は身じろぎ一つしなかった。変わらずうつむき、手で顔を覆い隠している。陰になったそこからは表情をうかがい知ることはできない。しかし風にも揺れずに天地逆立つ黒髪の様、隠しきれない男の激情がそこには顕れているようだ。それを、男は顔を覆った両の手のひらで沈黙させている。
そうしてより一層渦巻く曇天の下、いよいよ甲高い金属音が大きく鳴り響き、それは姿を現した。無秩序に伸びたビルの群れ、その側面を滑るようにして、無数の影が駆けてくる。
それは一見大福のような白い体をもち、同じように大福のような白い頭をもっていた。短い手足でそれらを無茶苦茶に振り回しながら、白い影は瞬く間に風吹くビルの谷を覆い尽くしていく。
遥か過去、それらは【風の民】と呼ばれていた。
金属を擦り合わせたような甲高い声で鳴き、凍えるように冷たい息を吐き、風にまぎれて狩りを行うという。そして『九理』ーーー人間を人間たらしめる『仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌』、そして『愛』ーーーを食らう。この『九理』を失うと人は人でいられない。血を失った肌は黄色く色づき、目は死んだように輝きを失って飛び出し、そして金属バットを片手に獲物を探してさまようのだ。まるで、自分に欠けてしまったものを補うように。
その哀れな犠牲者たちを、男は知っていた。その犠牲者たちは群れとなって、かつて男に襲いかかったのだ。男ははじめ、自分を守るために拳をふるった。
ただ思うに自分のことを考えれるようになれば、 それでいいと思う。
正当防衛だ。そう思っていた。