3 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2016/03/30(水) 00:49:27 ID:sGsr5YXw
終業時刻。YさんはKさんの為にタクシーを呼び、エントランスまで見送りに向かう。
俺はなんとか書類を片付け、帰り支度をし照明を落としていた。
暗い室内からは日中の暖かさは消え、空々しい広さだけが際立って迫ってくる。
身震いをひとつ。部屋を出ようとするとドアの前でYさんの影が揺れるのが見えた。
「Kさんは、駄目なんです」
全身を冷気で浸された気がした。
「私が居てあげなきゃ、駄目なんです」
影が呟く。
外はすっかり漆黒に沈んでいる。閉めきった窓は夜気を通さない。常に空調は働き室温も一定だ。なのにこの部屋の寒々しさ、息苦しさはどういうことか。
――でも俺は、間違っていると、思います。
すぅっと体温が下がる感覚。腰の辺りがひくひくと痙攣し足の裏が汗に濡れる。
恐怖、だった。
「****さん」
不意に影が歩みより、俺の左頬に触れた。
唇に、冷たく硬い感触。
とたんに両肩の感覚が戻り、硬直が解けた。驚いて目線を上げるとYさんの虚ろな双眸がこちらを眺めている。
俺を宥めるように。助けを請うように。
その瞳に、果たして俺は映っていただろうか。
こわばる指先を握りしめる俺を残して、Yさんは音もなく部屋を出ていく。
「お休みなさい」
冷ややかな風が嘲るように俺の首筋をなぞり、影の後を追っていった。
了