冷気 (16)

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2 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2016/03/30(水) 00:46:45 ID:sGsr5YXw


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ここへ来て間もない頃、我慢できずに彼に問いかけたことがある。いくらなんでもKさんは貴方に頼りすぎですよね、今までも随分と苦労なさったでしょう――
「まさか。あの方はこれで良いんですよ」
事務所から離れた階の喫煙室でのことだった。慌ただしく流れる紫煙が、互いの顔に浮かんだ疲弊を霞ませていく。
「仕事を補佐するのも、日常のお世話をするのも私の業務ですから。このままでいいんです」
いつもと変わらぬ静かな微笑を含んだ声に、俺は小さな違和感を感じたはずだ。
――でも、貴方は実績のある弁護士で単なる同僚でしょう。Kさんだってそうじゃないですか。あれではまるで小さな子供のようだ。
そんな俺の言葉に憤慨するでも同意するでもなく、彼は緩やかに煙草をタップした。
あの短く切った爪。俺は思わずYさんの形のいい指先に見とれていた。
「Kさんは、これでいいんです」
彼はそう断言する。
少しも揺るがない柔らかな口調だったが、その一言は俺に反論を禁じていた。
訳のわからない冷たさに硬直した俺に、Yさんは微笑んで言葉を続けたのだった。
「貴方の、そういう実直なところは好きですよ」
不服そうな俺を慈しむような目で。哀れむような目で。

「当職もY君も、君のことは気に入ってるよ」
その日の昼食時。YさんはKさんの要望でファストフード店へ買い出しに向かったところだった。
「ここでの経験は将来きっと役に立つだろう。何せこの御時世、鬼が出るか蛇が出るかの予測不可能な社会だからね。どんな経験でも積んでおいて損は無いよ」
思えば、同じ部屋に居るというのにKさんと言葉を交わしたことはほとんど無い。幼子のように世話を焼かれYさんに庇護されているKさんには、漠然とした印象しか持っていなかった。だから、その不遜な言葉と落ち着いた態度は俺を驚かせもした。
「しかし、我が事務所は働き者ばかりで有難いんだがね。当職の出る幕がなくなってしまうんじゃあ困ってしまうな。当職がやろうとする仕事は既にY君が片付けてしまってるし、代わりに処理しておいて下さいねとおやつを出してくる。君もほどほどにしたまえよ」
そう言って尊大に笑った。近代的だがどこか生気を感じないこの事務所で、彼は唯一暖かみを感じる存在だった。
俺も少し笑った。