3 - 3/3 (sage) 2016/03/11(金) 17:52:12 ID:.LxphPw.
顔を上げると、Kの隣に立った男が、壁についた虫でも見るかのような視線を僕に注いでいる。
「……Y、本」
「見苦しいんだよ。T大院さえ出られなかったきみが、僕と同じ土俵に立ったつもりなのかな」
「T大院卒なんて、やっぱりY本くんはすごいナリー! C大院なんてゴミみたいなもんナリ!」
きゃっきゃっとはなやいだ声をあげて小男が彼の腕に抱きつく。
やめろ、K。それは僕だけの特権だったじゃないか。
その位置には、確かに昨日まで、僕が立っていたんだ。
70年間一緒に過ごそうと、約束したじゃないか。
「K、お願いだ」、僕は恋人の顔を見つめて懇願する。「正気に戻ってくれ。話をしよう。話を……」
「しつこいナリねえ」、ぺっと唾を吐きかけられる。
「正気に戻れ、だあ? それはこっちのセリフナリ」
顔にかけられた唾をぬぐうこともできず、僕はKを見つめる。
「彼はきみと違い、Dジャパンで危ない橋を渡った仲ナリ。同期でさえ悪いものたちでないか心配な当職が、唯一心を許せる相手ナリよ?」
視界がぼやけているのは唾のせいだ、きっとそうなんだ。
「……それにね」、言うとKは頬をぽっと染めてY本を見つめる。
――なりより、Y本くんはきみと違って《持続力》があるナリよ。「15秒」くん。
最後に放たれた言葉は僕の心、その中心を深々とえぐってゆく。
手をつないで去ってゆく男たちにかける言葉はどこにも見つからない。
2つに引き裂かれた約束の片方だけが、いつまでも心の中で渦巻いている。
春の兆しを告げる曇天の下、僕はひとり立ち尽くす。
きっとツツジがもうすぐ、あの赤い花を咲かせるのだろう。