1 - 1/6 (sage) 2016/03/04(金) 13:03:03 ID:iJxOtsJI
その日も当職はどこぞの庶民の法律相談をしてやっていた。上級国民たる当職としては下々の者たちの言説を聞いてやるのもひとつの勤めである。
相談に来た男はなかなかに屈強な肉体をした人間であった。当職は相談に来た者たち全員の顔写真、全体写真を撮ることに決めているのだが、なるほどその中でも上位に入る筋肉であろう。
まあ男に興味などない。まず女性はもっと相談に来るべきなんですね。
「ほーん、では遺産の相続でもめていると」、当職は鼻をほじりながら言う。下々の人間の言葉など真面目に聴く気もないのは当然である。「それではつらくて寝れぬこともあるでしょう」
「ええ」と客はうなずいて、「ですからときどきカラニーするんです」
「……失礼、今なんと?」
「ときどきカラニーするんです」
――はて、カラニー?
鼻くそをピンと飛ばしながら、耳慣れぬ単語が出てきたなあ、と首をかしげた。
しかしここで「カラニーってなんです?」と聞くのでは格好がつかない。なにせ当職は法律のプロフェッショナルであるのだ。
高貴な生まれかつSFC出身、あまつさえ有能弁護士である当職が、こんな凡俗な人間に質問などするなど我がプライドが許さぬ。
ゆえに、「ナリほど、カラニーなさるのですね」と威厳たっぷりにうなずいてみせた。
「そうです、カラニーをするのです」、客もうなずいてみせる。「そうするととてもすっきりしますので」
どうもカラニーというのはすっきりする行為ならしい。遺産関係の法律にそのような事柄があったかしらん、と考えたが、やはりわからぬ。
そこにYくんがやってきた。湯呑みを載せた盆を持っている。そんなことは事務員に任せればよいのに、なんともマメというか几帳面というか、弁護士より介護職とか向いていそうである。
「ご相談はうまくいっていますか」、来客用の素敵な微笑を浮かべながらYくんは客に言う。
「今丁度、《カラニー》について話しているところでした」と客がこたえる。
カラニー。
その言葉が出た瞬間、Yくんの笑みが変化した。
おや、と当職は不思議に思った。あの微笑はビジネス用の笑みでなく心からの笑顔である。客の前であんな顔をするとはめずらしい。
「なるほどカラニーのお話でしたか」、Yくんは湯呑みを置きながら言う。「実をいえば、僕もときどきカラニーするんです。すっきりしますよね」
――むむむ?
当職は内心うなりながら茶をすする。
どうも、Yくんもカラニーなるものをときどきするらしい。
ますますわからなくなってきた。カラニーとは遺産相続問題に関わる法律的ななんやかんやだと想像していたのだが、Yくんがそんなことで悩んでいたことはないはずである。
カラニーって何ナリ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。当職はYくんの先輩であるのに、教えを乞うなど先輩の示しがつかないではないか。