9 - 9/10 (sage) 2016/02/14(日) 21:58:11 ID:oD9hA9Ko
立春の始まったころに、僕とKの関係は終わりを告げた。
当然僕にとっては彼の行動は不気味なものとしか映らなかったし、そんな妙な人間と深い関わりを持ち続けたくもなかった。
別れ話を告げるときにも、正直自分が刺されたりしないだろうかとひやひやした。ナイフでめった刺しにされたらどうしよう、と。
でもそれは杞憂だった。僕のぽつぽつと話した言葉を聞くと、Kは「そうナリか」と静かにこたえた。
至極あっさりと、こうして僕らの関係は終わった。
翌日事務所へ出勤すると、Kのデスクからあの先端の赤く錆びたコンパスは消えていた。
その日から僕らの関係はまたただのビジネス・パートナーに戻ったし、僕はKを通じて知り合った人と新しく恋人関係をつくった。
***
今でも僕は時折夢の中で、Kのあの行為を見る。
左腕にコンパスの針で乱雑に書かれた血の文字。僕の名前。
『これは儀式ナリ』、夢の中のKは、右手にコンパスを持って笑う。真っ赤に染まり、血で錆びてしまったコンパス。
『Yくんのことを、ずっとずっと忘れないための、儀式ナリよ』
からころ、からころ。
乳白色の世界で、彼の笑い声が響く。
『残りの理由を教えてくれよ』、夢の僕は言う。『僕を忘れないため、じゃ半分だろう』
Kはこたえない。
彼は笑い続ける。僕は空想の川を挟んだ向こうからそれを眺め続けている。
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