コンパスの針は赤く錆びて (19)

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7 - 7/10 (sage) 2016/02/14(日) 21:56:35 ID:oD9hA9Ko

「どうかした、じゃないよ」と僕は困惑しながら言った。
「その傷……いや、痛くないのか、それ。早いところ消毒したほうが」

 Kは何も言わず僕の顔を見つめていた。
 彼の表情は相も変わらず何の色合いも浮かべていなかった。お面をつけたような無表情だった。
 そのアシンメトリーの瞳に見つめられていると僕は、心の根っこにある部分をぐらぐらと揺さぶられるような感触がした。
 まるで地震の初期微動のように。

「……書類の整理、終わったから」

 ブラインドから差し込む夕陽が消えていったころ、僕はやっとの思いで口を開いた。

「だから……お先に失礼するよ。お疲れ様」

 単純なそれだけの言葉を発するのに、ひどく疲弊した気がした。
 僕は素早く事務所を後にした。

 お疲れさまナリ、とKが後ろで言うのが聞こえた。
 それは感情をまとった声というよりも、反射的に出ただけの返答にしか聞こえなかった。

  ***

 帰路、その光景は僕を混乱させつづけた。
 彼がそんなことをする意図も、僕の名前を書き込む理由も、当然のことながら僕にはさっぱりわからなかった。
 家に戻ってから僕はグーグル検索で「コンパス 恋人の名前を書き込む」なんて間抜けなキーワードで検索をかけてみたが、
 当然彼の行為の因果関係を説明してくれるような情報はどこにも転がっておらず、代わりに見つかったのは小学生の子どもを持つ母親に向けたコンパスへの記名方法(シールに書いて貼ろう)とかそんなものだけだった。
 悶々としたうちに僕は思考を放棄し、他の事柄で気をまぎらわせ、いつしか酒に酔って眠り込んでいた。