5 - 5/5 (sage) 2016/01/31(日) 10:41:24 ID:CPSm6tVA
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「……《審判者》か」、黒いもみあげの男は醒めた声で言う。
モニターには、小大便を漏らす小太りの男と、同じくらい端整なマスクを歪めてしまった長身の男。
「滑稽なものだな。死人の幻想に追われて、私刑に走って、それをこんな澱んだ言葉でごまかし、美化しようとしている」
――そうは思わないか、ヒロちゃん?
背後に磔にされ、だらりと全身の力が抜けている男に話しかける。
元より返事など期待していない。もう壊れてしまったおもちゃが音を立てることなど、無いことはわかっている。
歪んだ笑みの男が、脅える男を追い詰める。懇願する豚の顔。それを屠殺しようとする男は、審判者などではない。
ただの気狂いだ。
復讐という感情に狂わされた、気狂い。
「……手間とカネをかけたぶん、いいものが見れたな」
男にとって、これから先の物事などに興味はない。
冷静沈着な堅物が壊れていく瞬間を見られた。それだけでもう射精しそうなほどの快感が体を駆け巡っている。
モニターを切ると、椅子から立ち上がる。磔にされ、満身創痍の老人に近寄ると、そっと頬をなでる。
「ヒロちゃん、この世界でもっとも楽しく、美しい物事が何か、きみには理解できるかな?」
瞳を閉じた老会計士に、男は微笑を浮かべる。
「形あるものが《崩れゆく》ところだと、私は考える。砂の城だって、トランプ・タワーだって、なんだってかまわないが……」
――やはり、一等うつくしく見えるのは、人間が崩れていくところだね。それも理性を持った、有能な人間が。
「……なあ、ヒロちゃん。この世界には、《審判者》などいないのだよ」
返答できない男に向かって男は語りつづける。
「いるならそれは、審判者で《ありたい者》だけだ。……まあそれでも、強引にひとり、そういった存在を位置づけるとするなら――」
――きっと、私だけなのだろうね。
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機械仕掛けの一室で、並べられたモニターたちが低い唸り声をあげている。
それに混ざって、《審判者》の忍び笑いがいつまでも反響していた。
(133 名前:名前が出りゅ!出りゅよ![sage] 投稿日:2016/01/31(日) 06:09:40 ID:Tk1upYAo氏の草案より)