審判者 (26)

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3 - 3/5 (sage) 2016/01/31(日) 10:38:35 ID:CPSm6tVA


「……パ、パパ?」

 無表情だった小太りの男の顔が、激しく歪んだ。彼は今までの緩慢な動作が嘘のように床をはいずると、Yが示すスマートフォンの画面を覗いた。
 熱せられた鉄棒。
 赤く輝く鉄棒。
 スマートフォンの画面に映し出された老人、その左足に、押し付けられた鉄棒。
 老人は悲鳴をあげている。いや、実際に声が聞こえるわけではない。音は切られている。だがその苦悶の表情を見ればすべては明らかだ。
 老会計士――Hは、どこかここではない別の場所で、拷問に合わされている。

「Yくん」、懇願するような口調で男は言う。「これは――」

「現実だよ」、冷たい双眸がKを見据える。
「混じりっけなしの、現実だ。悪いのは全部きみなのさ。きみがいつまでたっても本当のことをおしゃべりしてくれないから、僕としてもこういった手段に訴えるしかなくなった」

 ――ま、いずれにせよ、いつかはこうするつもりだったけどね。そうじゃないと、きみが浮かばれないよ。なあ、M奈?

 またも虚空に向かい話しかけるYの足元に、Kははいずりよる。長い監禁生活と、乏しい食事でろくに体が動かせない。

「やめて」、Kは絞り出すよな声で言う。「やめてほしいナリ」 

「やめる?」、Yは不思議そうな表情で足元にすがりついた男を見ると、急に笑い出した――

「やめる? よりにもよって、僕が? きみのお願いを聴くとでも? 裁判で負けた腹いせに弁護士を殺した男の、お願いを、はいそうですか、って?」

 狂ったような――実際狂っているのかもしれない――笑い声がしばらくの間地下室に響く。
 やがてYは無表情になると、「スタートだ」と言い、スマートフォンの音源を入れた。

 絶叫。

 老会計士の絶叫が、狭い部屋中を反射しまわる。許しを乞うことさえもはやできない声、意味もないわめき声。
 Yはクスクスと笑いながら、蒼白な表情をしたKに言う。

「いやあ、楽しいね。……楽しいだろう? 《審判者》として、僕は今、とても正しいことをしているんだ。すばらしく充足した気分だよ」

 Kはもはや何も言えない。真っ白に染まった唇を震わせ、彼を見つめるしかできない。
 耳をふさぎたい。意思はそう命令する。耳をふさぐんだ、自分の父親の悲鳴なんて聞いちゃダメだ。
 しかし動けない。糊付けされたように、彼の体は床に転がったまま、Hの悲鳴を耳に流し込むことしかできない。