2 - 2/5 (sage) 2016/01/31(日) 10:37:27 ID:CPSm6tVA
地下室に沈黙が訪れる。
Yはやや荒くなった呼吸を落ち着けると、ベッドの男ににじり寄り、その顔をこちらへ強引に向けさせた。
「……醜い顔だ」、Yは言う。
「ま、元からですかね――なあ、K。きみは欲とカネと野望に燃えた、醜い顔をしているよ。本当にね。……七つの大罪だっけな、それを擬人化すればきみのようになるんだろう」
長い監禁生活で落ちくぼんだKの瞳がYを見つめる。まばらに生えた無精ヒゲと、かすかにこけた頬の中で、その瞳だけが鈍い光を放っている。
まるで薄暗い廊下の奥にたったひとつ灯された、蝋燭のように。
「……K、いい加減に吐け」
Yは胸倉をつかんでKの半身を立たせると、静かな、しかしすさまじいまでの怒気を含んだ声で言った。
「M奈を――僕のかつての婚約者を、殺したのはお前だろう」
Kは眼前の男から目をそらすと、「……ちがう、ナリ」とかすかな声でこたえた。
ろくに水分を与えられていないからだろうか、紙やすりでこすられたような声。
「……あれは、あれは……事故だったナリ。警察だってそう結論を――」
「ふざけるな!」
怒号が地下室に響く、同時にKは床に投げつけられる。くぐもったうめき声が太った男から漏れるのを、Yはどこまでも冷たい眼差しで見つめる。
長い足を伸ばし、その後頭部を踏みにじりながら、Yが口を開く。
「僕には確固とした《証拠》がある……確かな筋から得た情報だ。お前は、父親と共謀してM奈を殺害した。そしていくら握らせたのかは知らないが、警察はそれを「自死」として処理し、「自殺者」ファイルにぽんと放り込んでおしまいだ」
――これじゃあ、あまりにも浮かばれないじゃないか。なあ、そうだろう、M奈?
Yは虚空に向かい首を振りながら言う、悲しげに、そして愛しげに。まるで故人の魂がそこに存在しているかのように。
「……僕は、すべてを失ったっていい。地位も、財産も、人間としての尊厳も……そんなもの、M奈のいないこの世界で、何の価値がある?」
長身の男は、その胸に鈍く輝くバッヂをひきちぎり、投げ捨てる。鈍い金属音が床に響く。
「……K、もう一度だけ聞いてやる。僕は、何者でもない《審判者》として、きみに聞く。M奈を殺したのはお前だな?」
地下室に沈黙が流れる。うずくまったKは、わずかに背を震わせ続けている。
防音が施された空間。時計のない空間。音もなく時間の流れもない空間。その茫漠とした世界で、小太りの男は身を震わせる。
「……ちがう、ナリ……」
Yの口角が思い切りねじりあげられた。その端整な表情をぐしゃぐしゃにかき混ぜるように、男は醜悪な笑みを浮かべた。
「……わかった。どうしても強情を張るというのなら、僕にも僕の考えがある」
ポケットからスマートフォンを取り出すと、決定的な証拠を突きつける刑事のように、彼はそれをKに突きつけた。
「なら、見ればいいさ。きみの過ちが、駄々が、きみの父親にどういう結末を迎えさせようとしているかを、ね」