1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2016/01/23(土) 11:16:34 ID:aM9HH/GA
ある所に一つの男がいた。
男は巨体をだらしなくソファーに預け、ただ水色の塊を齧っていた。
『ガリガリ君美味しいナリ』
30代後半にもなる男が赤子の様相を呈している、これはいけない。
でもかわいい、ですがそれでいい。
僕が男を眺めていると、不意に優しい世界は崩された。
「我慢できへん、ガチコロしたるで!」
尿の如き濁った黄の体色をした二本足のバケモノが戸をぶっ飛ばし、その手には金属棒が握られ、その眼には並々ならぬ意欲を滾らせていたのだ。
男は涙目になったが直ぐに『当職は弁護士ナリ、お前らが叩いていい存在じゃない、当職の後輩も怯えている、しっかりと罪を認識しなさい』と言い放った、頼もしい。
「先輩がいるというのに怯えたりはしませんよ」
この僕なりの励ましに応え、男の表情が弛む、たまらない。
「なんやお前ら気色悪いな、臭すぎる、これは教育やろなぁ…」
先程優しい世界の邪魔をしたバケモノが再び汚れた言葉を吐き、獲物を構えて突撃してきた。
男はそれと同時に声を放った。
『当職は弁護士ナリよ、お前らが叩いていい相手じゃないと忠告はしたナリ』
男の口が一瞬停まり、怒りがその目には見えた。
バケモノが男の間合いに入った瞬間に男からいつもの殺し文句が漏れる。
『諸君、さよならナリよ』
男は瞬時に自らの首を90度捻り、手際よく相手の首を180度捻る、即席の優しい世界を与えてやるのだ。
普段見る事のない視点に切り替わったのち、ゆっくりと眠りにつく相手の身体を最期まで支えてやるのは男の優しさだ。
バケモノは獲物を活かす機会も無く息絶えた、赤子の手を捻るが如く倒そうとした相手に逆の事をされ命を落とすのはさぞかし無念だろう。
でもこれは残念でもないし当然の事なのだ。
邪魔者が消えたので自然と思った事が口に出てしまった。
「先輩、バケモノには優しくしなくても良いと思います」
『何が優しくしてたように見えたナリか?』
「先輩はやっつけた後相手を丁寧に支えている、バケモノに先輩の気遣いを受ける権利はないと思いますよ」
『当職はただでさえ戸口を壊されてしまった事務所をこれ以上傷物にしたくなかっただけナリ』
「建物を労わるなんて先輩は本当に優しいんですね」
『山岡くん、妬いてるナリか?』
思いもよらない言葉に会話が途切れる、息苦しい。
先輩に僕の気持ちがわかる訳が無いと甘く見ていた報いか、それともありのままの気持ちを伝えるまたとない機会か、僕は赤子のようにかわいく、紳士のように優しい先輩によって一瞬のうちに運命を決める選択を強いられてしまったのだ。