1 - 1/3 ◆ilWjQe6sGk (sage) 2016/01/09(土) 01:33:36 ID:KmpREVnw
「当職はお腹が減ったナリ。腹ペコペコちゃんナリよ」
「僕も減りましたよ……どこか行きますか?」
裕明はチラリと横目で貴洋を見た。
机にだらしなく足を投げ出しているのは、既に集中力が切れていることを如実に表している。
既に外は真っ暗で、近くのアイスクリーム屋はとっくに閉まっている。
上下のフロアに人の気配はなく、事務も帰ってしまっていた。
「どうして依頼人の殺害予告を処理したら当職に殺害予告が来るナリか。訴状作るのも飽きたナリよ」
「僕のところには来ませんねぇ……よっぽどマズイことしちゃったんじゃないですか?」
またその話か、と内心辟易する。
暇になると必ず口を突いて出てくるのが、「当職は殺されるナリ」だ。
正直かんべんして欲しい癖ではあるのだが、この男案外憎めないところがある。
法務となるとからっきしなのだが、一緒に仕事をしていると安らぐというか、お互い臥薪嘗胆の日々を送った苦しみを知っているのだ。
だからこそ、この法律事務所を共同で立ち上げることにしたのだ。
「弁当でも買ってきます。ついでに夜風にも当たって来ますね」
「行ってくるナリ。当職は唐揚げ弁当が食べたいナリよ」
「売ってたら買ってきますよ」
そう言って、裕明は立ち上がった。ポケットを探ると、まだ数本は入っていそうな煙草の箱が見つかる。
カツカツと革靴の音を響かせて、裕明はドアを押し開けた。
「ふぅ、寒いな。こんな日に限って相談が沢山来るというのは、何の因果なんだろうな」
外に出ると、金属バットを持って素振りを繰り返している男がいる。
彼は貴洋を見張るためにわざわざ貴重な一日を丸々事務所の前で潰しているのだ。
「僕の写真は欲しがらないのに、あいつのだけ欲しがる理由が分からん……」
ぶらぶらとあてどもなく歩く。唐揚げ弁当を売っている店はどこだろうか。
頭の中で地図を思い出す。虎ノ門近くに深夜までやっている弁当屋があったはずだ。
少し遠いが、休憩ではなく散歩だと思えば大したこともない。
空を見上げれば、青ざめた満月が冷え冷えと東京の街を照らしていた。
「ん、自販機だ。ありがたい」
煙草とジュースの自販機が、寝静まった世界で目が痛くなるほどの光を放っている。
缶コーヒーを一本買うと、すぐ目の前にあった公園へと入っていく。
ベンチに腰を下ろして、プルタブを曲げる。
アロマの香りが一瞬鼻をくすぐって、ほっと一息つくことができた。
煙草の箱を取り出して一本抜き、口に咥えた。
「あと何分くらいかな……ん、ライターはどこだ?」
白い先端に火を付けようとして、懐を探るが、肝心のライターが見つからない。
腰やスラックス、尻ポケットまで探しても見つからず、事務所に置いてきたことを悟るにはそう時間はかからなかった。
「困ったな、コンビニで買うのも癪だし……」
「良かったら、これ使う?」
一人の世界に、突如入り込んできた声。
びくりと肩を震わせて振り向くと、一人の女性がいた。
長い髪は腰を超えて膝裏まで届き、それを後頭部で束ねている。
全体的にほっそりとしていて、しかしスーツを着ていることから大人であることは容易に分かる。
ネクタイに、弁護士のバッジ。
端正に整ったその姿とは裏腹に、顔にはまだあどけなさすら残るような可愛らしさがあった。
隣に座ったその女性は、細い煙草を既に咥えていた。
ジッポーのヒンジが開く音が公園にこだまし、シュッと小気味良い音と共に炎が上がる。
オイルの香りが僅かに残り、世界が静寂に戻る。
「ライター、ないんでしょ? 使ってもいいわよ」
「あ、ああ……ありがとう。でも、どうしてここに?」