9 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:37:54 ID:kPaKyqPA
「……とっぷり日も暮れてきたナリね」
長く伸びた影の横、原色の赤に塗りつぶされた夕陽に、同じように赤く染め上げられたKが言う。
「思った以上に長い映画でしたね」、うしろをついて歩きながら僕は言う。
「そうナリね」
「下調べをきちんとしておけば、こんなミスはおかしませんよね」
「……そうナリね」
「Hさん、絶対帰ってますよね」
「……申し訳ないナリ」
上映時間は、Kが言っていたよりも1時間も長かった。道理で異常に退屈に感じたわけだ。
開示レスを間違える程度にうっかり者のKの言葉を真に受けて、よくよくチェックしなかった僕にも責任はある。
「なんて言い訳します?」、これから事務所で落とされる雷のことを想像しながら、僕は前方の小男にたずねる。
「生まれたので」
「悪いものに追われたので」
「迷子の幼女をみつけたので」
「……どれもムリですよね」
Kはこちらを向くと、ぽんと胸を叩いてみせた。
「まあ、何とかなるナリ。いざとなりゃ、当職がムリヤリ連れ出したことにするナリ。世界中がYくんの敵になっても、当職が味方するナリ」
――頼りになるのか、ならないのかわからない言葉だな。
僕は曖昧に笑みを浮かべる。
僕らは再び歩き出す。西日が川面に反射して、キラキラと赤い紋様を描く。遠くの架線をミニチュアのような電車がとおっていく。
Kはしばらくの無言ののちに、「映画、つまらなかったナリね」と言った。
「……ええ、まあ、あまり」
「正直に言っていいナリよ」
「非常に」
だよなあ、とKはため息まじりに言うと小石を蹴っ飛ばす。カラカラと乾いた音を立てて石は転がってゆき、ぽちゃんと川へ落っこちる。
「こんなのじゃ、Y君を元気にさせられないナリ」、Kが何かを推し量るように言う。「こんなのじゃ、ね」
そのとき、ずいぶんと歩いていることに気づいた。
どうして今まで気づかなかったんだ?
映画館のあった閑静な街の一角を抜け、いつのまにか僕らは繁華街の裏通りまで来ていた。
あの人とよく飲みに来ていた――というか、引っ張ってこられていた一角だ。
混ざり合いすぎてもはや原型が何かわからないようなニオイ。しつこくまとわりつく風俗の勧誘。下品さで競い合っていそうな店名。そういう目的のためだけに造られたホテル。
Kがふいに立ち止まった。
半歩うしろをついていた僕もつられて立ち止まる。
「Y君、ああいうのはどうナリか」、丸々とした指先が、前方の建物を指す。「あそこで少し《休めば》、元気、出るかも」
僕は無言で建物を見つめ、それからKに目をやった。
男はじっと僕を見つめていた。まるで鏡に向かって何度も練習したかのような上目づかいで。