7 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:36:20 ID:kPaKyqPA
◆4
あっさりとひと月が過ぎた。軍人のようなメールの誘い文句(今夜9時、ハルポッポ曹長はSで飲む、曹長の元へ集え若人)は、1か月間きっかりと途絶えていた。
夏と秋と冬のあいだをうろうろしていた季節はようやく秋にその身を落ちつけることに決めたらしく、僕は夏物の薄手のジャケットをクリーニングに出した。
思った以上に何も感じていない自分がいた。それは日々の流れからひとつの活動が消えた程度で、そのすき間を読書や開示や講演会やそのほか諸々のことで埋めてしまえば埋まる穴だった。
KがHの目を盗んで、外回りの口実で出かけようと僕を誘ってきたのは、そのころだ。
――YくんYくん、人気映画の前売り券オクで落としたナリ。パパに内緒で行くナリよ。
仕事中、珍しく必死にPCをにらみつけていると思ったら、そんな小さな悪事に手を染めていたらしい。
「……しかし、バレるんじゃあないですかね」
銀杏の香りが漂う街路を歩きながら、僕は隣の男にたずねた。
太り気味のKは、歩くのが少々遅い。キュムキュムとしたその黒ズボンの動きに合わせてゆっくり足取りを進めるのに苦労していると、Kはにんまりと笑った。
「平気平気、夕方まで会長さんのところに出かけるそうだから。それに、パパは案外こういうの気づかないタイプナリ」
ずいぶんと確信を持った言い方だな。
僕の不思議そうな視線に気づいたのだろうか、Kは頭をぽりぽりとかくと、「中学から慣れてるから」と言った。
どうも、あまり詮索しないほうがよい部分があるようだ。
「それで今日の映画、そんなにおもしろいんですか」
軽く話題を変えると、Kは水を得た魚のように両手でぐっと愛らしくガッツポーズする。アニメーションのOPに出てきそう。ポーズだけならの話だけど。
「完璧ナリ! 超刺激的、ハイパーサスペンスホラーコメディアクション! 当職は作るのは不得手ですけど、見る目だけは肥えているつもりです」
「自分が見たいだけだったりして」、からかい半分に言うと、「まあ、それもあるナリ」とKは笑い、それから急に真面目な顔をする。
「当職はうまく聞き出すの下手だから直球できくけど、最近なにかあったナリか?」
「……どうしてそう思われるんです?」
なんとこたえたものか迷ってから僕は質問をかえす。
「んー、なんか」、足元に落ちている木の実をコツンと蹴って車のタイヤが通るところに置きながらKは言う。
「なんかそわそわしてるというか……落ち着きない感じがするナリ」
「気を使わせてしまいましたかね」
「え、映画は、ホントに当職が見たかっただけナリ」
慌てたように言う姿に思わず笑ってしまった。薄く黄色に染まったイチョウの葉が邪風に舞う。青空に浮かぶ白い雲に、薄い黄色が新しく色を添える。そこには色彩がある。
「……もう、終わったことですよ」
僕は空を眺めながら言った。