不可視光/しびれ、ときどき、めまい (49)

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5 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:34:52 ID:kPaKyqPA

 返答の代わりに向こうは口をとがらせると、また僕を押し倒したのだから。


◆3

 なぜ自分はその人との関係において、《しびれ》や《めまい》を感じないのだろう、とふと考えるときがある。
 その疑問は、眠ろうとベッドに横たわったとき、ドラッグストアへ行こうと歩いているとき、信号待ちのとき、パスタをゆでているとき、気づけばするりと僕の心のうちに侵入している。まるで朝起きたら、いつの間にか布団にもぐりこんでいるネコのように。
 いつだって、いつだって、こたえはうまく出ない。「飽きた」のではないし、単純に「相性が合わない」というのも何か違うように思える。ど真ん中のピースがひとつ欠けたパズルを見ているように、なんとも表現しがたい違和感がある。
 ――そもそも人間というものは感情を複雑に対立させ、あるいは矛盾させながら生きているものだ。僕の違和感も、そんなものなんだろ。
 そういうよく言えば《汎用性が高い》、悪く言えば《それを言ったら何もはじまらない》言葉で、僕は適度に心をごまかしてみる。言葉は、頭痛薬のように僕の心のざわめきを押さえつける。

 そして、その考えが訪れる瞬間は、こうして体を合わせているときにもやってくる。
「……お前、ほんっと、めちゃくちゃ無神経な触り方するよな」、かすかに荒い声。「そこらのガキじゃあるまいに」
「悪くはないでしょう」、僕は遠慮なく粘膜に触れながら言う。それは優しく押せば柔らかく、強く押せば硬くこちらを押し返す。
 僕はべたべたと指紋を残すかのようにそれに触れ、ときには全体を包み込み、ときには細部を刺激する。あらゆる場所に僕の痕跡を残そうとするように。
 その人の本当の、本来のニオイが僕を包んでゆく。それはどこかしら安っぽくもあるが、どこまでも有機的だ。
 そしてその香りは僕の体の中心にある芯を、まるで真夏のチョコレートのように、ぐにゃりと溶かしていこうとしていく。

 でも、そこにしびれはない。めまいも、ない。