3 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:33:09 ID:kPaKyqPA
「朝食を買ってきましたよ」
カードキーを差し込んで扉を開けると、ベッドに横たわる相手に言う。
返事の代わりに大きな伸びを返され、寝返りを打たれた。
面倒な人だ。菓子パン入りの袋をテーブルに置くと、中から適当にあんパンを選び出してかじる。口の周りについたあんこを舐めとり、もう一度話しかけてみる。
「早く起きてください。もう朝ですよ」
「うるせえなぶっころすぞオラ」
すばらしく面倒な人だ。しようがないので窓を全開にして冷気を取り込み、軽い復讐の気持ちもこめてアラームを5分後に、最大ボリュームでセットしておく。
パンの残りを軽く牛乳で飲み下すと、シャワー・ルームへ入る。
自室でない空間で浴びるシャワーというのは、温度の調節に少々苦労するな。
思いながら赤と青の蛇口を交互にひねっていると、アラームのけたたましい目覚ましボイスと、悲鳴がきこえてきた。
***
浴室から出ると、強烈な時報と寒さに耐えかねたのか一応起きていた。文字通りの寝ぼけ眼が僕をとらえる。
「お前なんでまた浴びてるの」、第一声がこれだ。「ヤった後もすぐ浴びてただろ」
「清潔は美徳ですよ」、僕は湿った頭をタオルでぬぐいながらこたえる。「それに朝は、「おはよう」でしょう」
めんどうなのか返事は無い。
寒そうに毛布にくるまったまま、醒めきっていない薄目でパンをかじっている。ヤマネのような持ち方だ。
ぽろぽろと落ちるパンくずがベッドのうえに散らばるのを見て、思わず眉をひそめてしまう。
「ちゃんと起きて、服を着替えて顔を洗って、それから食事にしてください。シーツが汚れているじゃないですか、行儀の悪い」
「優等生くんは朝っぱらから人の生活に口出しかい」、もふもふと動く口がこたえると、パンの残りを飲みこんだ。
「いいだろ別に。シーツなんざ掃除のおばちゃんがどうにかしてくれるよ」
「そういうのは感心しないな」、備え付けのドリップコーヒーを注ぎながら言う。
「仮にもひとつの事務所を構えた一社会人だ、僕らは。モラルというものがあるでしょう」
うげえ、そんな声とともにするりと毛布を振り落とす音がする。
軽い足音がし、横から伸びる手がカップを奪い取った。ぽたぽたと垂れたしずくが、白いデスクに茶色く染みを作る。
「ハルポッポ曹長は朝はコーヒー派なんだ、くれよ」
あのね、と再び眉をひそめた僕に、「まあそんな顔すんなよ、コーヒーなんざいつでも淹れられる」と軽い笑み。
じゃあ自分で淹れてください、という言葉が喉までせり出たが、それを飲み込む。
朝っぱらから口喧嘩する気力もないし、勝てる見込みもない。
「僕は早いからもう行きますね」、代わりに言いのこして扉に手をかけると、ちょいこっち向いてみ、と肩を叩かれる。
振り向くと頬にぷにっと指を突きたてられた。
「……小学生のイタズラじゃないんですから」
「おわび」
口をふさがれる。呼吸が苦しくなったころ、ギブ・アップと言わんばかりに手で背を叩くとようやく解放してくれた。
「これは大人のイタズラだろ」
もう言い返すのも面倒くさい、アホな遊びに付き合っていられるか、新婚夫婦じゃないんだぞ。
赤面したままに出ようとすると、「でもやっぱマズいわ」と言葉が飛んでくる。
振り向いた僕に、残った感触を確かめるように唇をなぞりながら言う。
「お前のキスは、マズいな、うん」