15 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:42:36 ID:kPaKyqPA
自室で洋服にアイロンをかけ、食事を用意し、燃えるゴミと燃えないゴミをわける。
洒落た店は無いかな、とグーグル検索にキーワードを打ち込み、うろたえたりしたら格好もつかないし下見しなきゃなあ、と考え、そもそもあの人こういうの好むのだろうか、とふと思い、大して何も知らないことに思い当たる。
この服をベースとして合わせていくべきか、いやあの人ならお堅い格好見たら「きも!」とか言うだけだろ、じゃあもっとカジュアルなやつにしとこうか、そんなことをベッドに座って考えていると、窓の外で季節がまたひとつ変化しようとしていることに気づく。
週末に向けてひとつひとつのステップを踏んでいくなかで、なにか、《緊張》とでもいうべきものが、僕のなかに湧き上がってくる。
初めてデートの約束を取りつけた中学生のような、新鮮な感覚が僕のなかで生まれる。
それはその人との関係において、一度もなかったものだ。
僕は精神をじっと集中させ、注意深くその感覚を観察しようとしてから、何かを恐れるようにやめておく。
アクリル板を張り巡らせたように灰色の雲が空を覆った木曜日の夜、Kから電話がかかってくる。
「もしもし……ええ、ちょっと雑事を。家が散らかっていたので今週は大掃除しようかと思って。そろそろ冬物の服も出さないといけませんしね」
するすると蜘蛛の糸のように紡がれていくウソ。
僕の言葉のひどく敏感な部分を察知し、慎重に放たれる疑問文。
多くを語らないように、その問題の中心を避けて返す、曖昧な言葉。
確信を突こうとして、しかしそれを恐れるようにためらったあと、少しずれた部分を貫通してゆく返答。
どこまでもしらばっくれた返事。
そして再びの、誘い文句。
「週末……ですか。いえ、ですから、先日申し上げたように時間がとれないんです」
「Yくん」
「なんでしょう」
沈黙。
僕は立ち上がるとカーテンの向こうをのぞく。いつの間にか雨が降り始めていた。音もない霧雨。
「Yくん……当職は、当職だけは、ずっとYくんの味方ナリよ」
大量の感情を押し殺したような声。
僕は何もこたえなかった。こたえることが、できなかった。
「……じゃ、じゃあまた、連絡するナリ!」
また、とはいつだろうか。
僕はそのとき、Kにどんな顔をして「もしもし」と言えばよいのだろうか。どんな会話をして、どんなことで笑えばよいのだろうか。
「……ええ、ぜひ」
――最低だな。
電話を切ったとき、誰かがうしろでささやいたような気がして僕は振り向いたが、もちろん誰もいなかった。