不可視光/しびれ、ときどき、めまい (49)

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13 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:40:58 ID:kPaKyqPA

 しばらくの沈黙。僕は意味もなく、手元にあったメニュー表をぱらぱらとめくる。
「……あのさ、ひとつききたいんだけど」
「なんでしょうか」
 とんとん、と指でテーブルを叩きながら、目を虚空にやって相手は言う。
「お前、頭おかしいわけじゃないんだよな」
「至ってまともなつもりですよ。教科書みたいにね」
「そりゃ結構で」
 言うと腕を頭の後ろで組み、椅子をギーコギーコと漕ぎはじめる。あまりの行儀の悪さに一言いいたくもなったが、何かしら考えこんでいるその様子を見て思いとどまる。
 ずっと同じ曲を繰り返していたBGMが終わりをつげ、他の曲が流れ始めた。
 奥で本を読んでいた老人は、僕らに咎めるような(実際咎めているのだろう)視線を投げると、ゆっくりとした足取りで店を出ていく。
 壁にかけられた時計の分針がわずかに動き、世界をわける1分のうち、2分の1か3分の1が変化したことを僕に示す。
 正確な流れで動いていく時間の中、僕らのテーブルだけが少し離れた場所に置かれているような心地がする。時間の傍流とでも言おうか、そういったところに。
「……お前、結局なんなのよ」、もう冷めてしまったであろうコーヒーを一気に飲み干すと言う。「前々から、ときどき、俺にはお前がわからんね」
「僕はあなたと以前よりも親しくなりたいだけです。そこには、しびれとめまいがありそうだから」
「しびれとめまい」
「ええ」
「そんで、それはひょっとすれば……その、なんだ、デート――この言い回しガキっぽくて気に入らん――で得られると」 
「かもしれない」
「maybeか? それともprobably?」
「その中間程度ですね」
 やれやれ、とため息交じりに席を立たれる。僕はその動作を目で追う。伝票を掴むと「俺の奢りだ」と言い、氷点下の視線を送ってきた。
「来週末空けとく。中坊のお遊びみたいなのだったら、途中で遠慮なく帰るからな」
「ずいぶんとハードルを上げてきますね。僕としては一か月ほどの準備期間をいただきたいのだけれど」
 調子に乗るなアホ、とこつんと額をこづかれた。