不可視光/しびれ、ときどき、めまい (49)

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12 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:40:11 ID:kPaKyqPA

◆6

 白いカップに、なみなみと注がれた2杯目の黒いコーヒー。備え付けの灰皿には、すでに3本の吸い殻。壁にかけられた時計が示す、おおよそ20分の経過。
 眼前の人は僕をにらみつけながら、煙草の箱をつかむ。器用に唇で引っ張り出される一本の白い棒。灯される火。湧き上がるケムリ。4回目の行動。
「吸いすぎはお体にさわりますよ」と僕は言った。
 その人は、けっ、と言わんばかりに顔をしかめる。
「お前と一緒にいるほうがどうにかなりそうだね!」、紫煙とともに吐き出される言葉。
「あまり大きな声を出さないでください。ここは静かな雰囲気を保っている、今時珍しい喫茶なんだから」
「俺はクソみたいな男に付き合ってやってるんだぜ」、険しい表情がライターの火をつけたり消したりしながら言う。「少々の大声も許されてしかるべきだと、思うけどね」
 僕は少し黙ることにする。バックグラウンドには晩秋にちょうどよい穏やかなジャズ。狭い店内に客は、僕らをのぞけば1人だけ。品の良い老人が奥で読書をしているのみだ。
「あのさ」、声に再び正面を向く。
「そんでお前、2ヵ月ぶりに俺を呼び出してどうしたいのよ? え?」
 カップから抜いたスプーンを突きつけられる。
「あれか? さんざん悩み抜きましたー僕ちゃんどうすればいいのかわかんないー、でもやっぱり俺にまたすがりたいんですーってか?」
「だとしたらどう思います?」
「こ、ろ、す」、きれいに一音ずつ区切って放たれる言葉。
 僕は返事代わりに肩をすくめる。その人はしかめ面のままコーヒーをずずっとすすると「あちっ」とすぐに戻し、右手で耳たぶをつまみながら言う。
「お前さ、俺のこと舐めてるだろ。それか経験豊富は大嘘かのどっちかだな。妙な言葉で飾り立てたところで、お前の御大層なお悩みはひどく単純だろ……俺を取るか取らないか」
「《取る》? 取られる側でいいんですか?」、僕は言いながらコーヒーカップをとる。「あなたのような人が、選択される側でいいのかな」
 あーもう。相手は狂ったようにカップをスプーンでかき混ぜる。勢いで飛び散ったコーヒーがクロスに点々とシミを作る。
「ああいえばこういうのな、お前。そういう意味じゃねえよ、今のはあれだ、言葉の綾で――もういいや。それで用は? 先に言っとくけど、飲みには付き合わねえぞ」
「ええ、ですからデートのお誘いをしようと思って連絡させていただいたんです」
 喫茶に入ってからはじめての驚きの表情。
「僕たちは一度もそういったものをしたことがないでしょう」、僕は説明する。
「酒を飲んではホテルに転がり込む、というのが僕らのいつものパターンだ。でも僕としては、あなたともう少しお近づきになりたい。
 あまりにもいろいろ許し合いすぎたせいで、僕らはひどく馴れ合いの関係になってしまったんだと思う。
 冗談で笑い転げたり、軽口の応酬をする、それらが楽しかったのは事実だ……だけど、それは何か、柔らかな壁のようなものにさえぎられて、それ以上のものを僕らには許してくれない。
 できることなら、僕はあなたともっと親密になりたい。そのためにはこの壁を打ちやぶる必要があるんじゃないかと考えたんです」