不可視光/しびれ、ときどき、めまい (49)

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11 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/11/09(月) 23:39:25 ID:kPaKyqPA

 ――俺はどうしたいんだろう?
 寝返りをうち、充電器につないだ携帯電話を見つめる。鳴らない携帯電話。
 いや、鳴るには鳴るが、《その人からの》連絡がない電話。トイレット・ペーパーの芯と同じくらいの価値しかない無機物。
 こうやって、ひとりベッドで寝そべって睡魔がやってくるのを待っていると、僕はひどく不安定な心地になりはじめる。
 この部屋はそれ自体で丸ごとシュルレアリスムの絵画となっていて、自分という存在はその一部に描かれているんじゃないか、という錯覚を抱く。
 それはアクリルのケースに閉じ込められたような気分だ。窮屈で息苦しい空間。あの日白く干からびて、しんでいたダンゴムシ。僕が殺した、ダンゴムシ。
 時間は淡々と過ぎてゆき、朝が来て、夜が来る。仕事はすべてを忘れさせてくれる。そこには、はっきりとしたルールがあり、論理があるからだ。
 《論理》。それは僕をとても安定させてくれる。熱中しすぎて、逆にHに心配される始末だ。
 相変わらず連絡は、ない。 
 元々空いていた週末は、今度はKとの情事に費やされるようになっていく。そこには確かに、しびれと、ときどきのめまいが存在している。
 どこで覚えたのかもわからない彼の技術は、僕の中に麻のように生い茂り、僕を愛好からやがて依存へ落とし込もうとしていく。

 僕の眼前にはおそらくは今、ひとつのスイッチが存在している。それを押すか押さないか。シンプルな選択だ。
 押せば僕はすべてにおいて降参したも同じだ。快楽の底へ溺れてゆき、その羊水のようなしびれの中で目を回しながら生きていく。
 押さなければ僕はそれらを失い、淡々とした生活に戻るか、運が良ければよりを戻して、退屈な性的活動をおこなう。
 正直に言ってしまえば、僕にとってはどちらも望ましくはない。僕はその人を求めている一方で、しびれとめまいも、確かに求め続けているのだ。
 しかしもっとも悪手であるものは、何も選ばず、だらだらと生き続けることだ。
 それはもう生きているとはいうよりも、どこまでも柔軟な、絹の毛布にくるまれた死を選んでいるようなものだろう。
 そして今の僕は、そうなのかもしれない。
 ――なにかひとつをあきらめることで、なにかひとつはうまくいくのだろうか? 両方を得ようとすることは、ただの強欲なのだろうか?……
 思考の渦を断ち切って僕はベッドから身を起こすと、携帯電話を手に取る。電話帳からひとつの番号を選び出すと、しばらく迷ってから、通話ボタンを押した。