6 - 6/6 (sage) 2015/11/04(水) 23:11:07 ID:XYJ5KY/Q
――マツド・マッド・シンドロームの治療法、ついに見つかる。都内一般男性の粘膜から抗体、発見。
新聞の見出しを飾る文章に国民が熱狂したのは言うまでもない。
隔離されたT都やT県に家族や友人がいたものもいれば、長らく続く経済的麻痺へのようやくの解決の兆しに喜ぶ者もいる。
しかし彼らは次の報道に心を折られることとなった。
「落ち着いて聞いてください、国民の皆さん。我々の調査の結果、この男性――通称パカデブの亀頭からのみ抗体が検出されることが判明しました。
いいですか、《亀頭からのみ》、です。そしてこの亀頭からの天然有機的成分は、現状の人類の科学力では人工的に創り出すことはできません。ですから……言い辛いことですが、薬は作れないのです。
ともかく、落ち着いて聞いてください。国民の皆さんには、亀頭からの成分を経口摂取してもらうしかないのです。繰り返します、経口摂取しか、我々の生きる道はないのです。つまりちんこ舐めろ」
匿名掲示板(【朗報】MMシンドローム、治療法が見つかる★2783)はその瞬間に鯖ごと落ちた。
SNSでは人々の阿鼻叫喚がうずまき、アフィカスはこんなときでもスレを拾ってせっせとPVを稼ぎ、家庭で、街角で、職場で、息をのんで発表を聞いていた人々はその恐るべき事実に身が震える。
「あんなものを舐めるくらいなら、我が身を高いステージへともってゆくしかない」
「アッラーアクバル」
「己をポア、するしかないか」
公開されたパカデブ(37)の写真に絶望のあまり死を選択したものたちもいる(ちなみにうじスレ民は喜んでいた)。
ある者は「burned 特別編」としてその身を焼き、ある者は「はかけんましてくれ」と言い残して飛びおり、そしてある者は誹謗中傷しましたと自首し殉教者として正大師の称号をあたえられた。
「国民が混乱している、これはいけない。報道関係者に伝えろ。写真を差し替えるのだ」
「しかし、いつかはあの顔を国民に見せねばならないのですよ」
「とりあえず取り急ぎで混乱をおさめるのだ」
「わかりました。誰に差し替えましょうか」
「パカデブの恋人でいいだろ」
すぐさまパカデブ(37)の写真はYの写真に差し替えられた。
すると自殺は止まり、「今すぐしゃぶらせろ」「やらせろ、オラ!」「ぶっちゃけヤレるよね」などと言った国民の希望に満ちた力強い声が相次いだのだ。
パカデブは秘密施設内で素早く処理された。
彼は植物人間化をほどこされ、性器と頭脳をのぞき、生命維持に必要ないすべての部分を強制的に機械化された。あとまあそれなりにイケメンにしようかと整形手術も施されたが途中でさじを投げられた。
特例として翌日、憲法(これは人間個人の行動を規制するルールではない)、法律、その他なんやかんやの人権に関するありとあらゆる項目に「ただしパカデブは除く」の一文が加えられた。
人権団体による反発を防ぐためである。
今日もパカデブは多くの命を救う。
彼の肉体が埋め込まれた台車が転がっていくたびに、彼の亀頭が人々の舌先をかすめていくたびに、多くの命が救われ、忌まわしきマツド・マッド・シンドロームの恐怖から彼らは解放されていくのだ。
伝え聞くところによれば、パカデブは生前(今の彼を「生きている」などとどうして言えようか?)、「声なき声に力を与え、優しい社会をつくる」ことを目標に掲げていたという。
彼の考える優しい社会とは違うだろう。彼は弁護士であったのだから。その弁護士が、己の武器である法によって逆に人権を奪われてしまうとは、なんとも皮肉な話だ。
しかし彼は人を多く救い、声なき声を明日へつなげていく役割を果たしているのだ。これを優しい世界と呼ばすして、なにが優しい世界であろうか?
――声なき声に力を。
彼の掲げていた標語をつぶやくと、私はぐっとガッツポーズをとってみる。
そう、この舌に残る苦き亀頭の感触こそ、彼が己を賭して世界を守ろうとした証なのだ。
あとM市は丸ごと核の炎でポアされ焼野原となった。あそこが感染源だったのだ。