2 - 2/6 (sage) 2015/11/04(水) 23:07:46 ID:XYJ5KY/Q
マツド・マッド・シンドローム。通称MMシンドローム。
調べられた限りでは、この恐るべき病が最初に発見されたのは今から3年前のことである。
最初の発症者は、当時大学生だった少年A。彼は集団ストーカーの幻想に悩まされていたらしく、ネット上でとある質問をしている。
「集団いやがらせに悩まされています。どうすればよいでしょうか」
「精神科を受診してください」
H医師の心ある一言によって彼は近所の精神科へ駆け込んだ。当時彼を診察した医師は、次のように記録している。
「……患者は短気で、嘘が多く、慢性的な自分語りへの衝動に駆られている。自己愛性障害の可能性はあるが、断定はできない。彼は我々誰もが心の中に持っている、ひとつの【衝動】が、著しく表面化した形をとっているにすぎないのだ……」
記録の下にはこうも走り書きされていた――「個人の性質として片づけられる部類、特に医療的処置の必要なし。集団妄想を取り除くことが最優先」。
結果的に医師は色々と間違っていたのだが、それが判明したのは約半年も経ってからである。
なんとも珍妙な事態がT県M市を中心に人々のあいだで発生しはじめたのだ。
症状はいずれも、短気、虚言、そして自分語り。
地下鉄では多くの人間が自分について、いわゆる《自分史》をべらべらと語り始める。
会社では部下が、同僚が、上司が、自分について語る。
学校では生徒たちが自分語りをし、止める立場にあるはずの教師でさえ己について語り始める。
ただでさえウソまみれなTwitterはウソにウソがまみれてもはやクソまみれ。
朝人と会えば自分語り、知人にも自分語り、電車でたまたま隣り合った赤の他人にも自分語り、信号待ちで隣にいる人間にも自分語り。
この奇妙な症状は止まることは無かった。
都内でも多くの人がこの症状を発し、とある朝のテレビ番組でこの珍事を取り扱っているさなか、看板である女子アナが己の家族構成から男性遍歴までをべらべらとお茶の間に垂れ流す事態が生じた。
「これはパンデミックだ。新型ウィルスによるテロリズムだ。すなわちユダの陰謀だ!」
とある三流週刊誌は書きたてる。
「蔓延する「自分語り」、あなたは大丈夫? 10個のチェック・リストで自己診断してみよう!」
とある女性誌はでかでかと電車の広告にのっける。
「自己顕示欲の一大的爆発が、日本人の中に見受けられる。これがゆとり教育の成す弊害なのだ」、老人は新聞に投書する。
「きも! 時代についてけない年寄りが騒いでるんでしょ」、それを読んだ若者は言う。
「ネットが悪い。ネットを規制すべきだ」
「いいや、逆にネットでこそああいった自分語りをすべきだ」
「自分語りとか問題ないだろ、かわいいじゃん。ソースは俺の彼女」
「死ね」
「隙自」
インターネットの掲示板では不毛な論議がつづく。
「社会経済の不安定さが、このような事態を招いているのではないか」、社会学者は言う。
「こじらせた承認欲求がこのような形で噴き出しているのだ」、心理学者は言う。
事態はとどまるところを知らない。
まず初めに交通が麻痺した。地下鉄の運転手が、バスの運転手が、運転をしなくなり、ついには延々と車内アナウンスで自分語りを垂れ流すようになったからである。
次に、情報伝達に異変が生じた。誰も客観的事実を話さないのに、テレビのニュースなどどういった意味を成すであろうか?
最後に、外交関係が著しく悪化した。国家の元首がT国との対談において己の趣味についてべらべら話し始めたのだ、もうどうしようもない。
経済への深刻な影響は国際的にもとうとう無視できない領域にまで達し、ある朝各紙は一面で報じた。
「一連の《自分語り》、遂にWHOが介入か。《新型ウィルス》の可能性」
見出しの下は記者の自分語りであったことは言うまでもない。