5 - 5/5 (sage) 2015/11/02(月) 16:17:02 ID:TnIKoDPQ
「……ほんっとに、クソみたいな募集しかねえのな。不景気なわけだ」
再び横たわったベッドのうえ、コンビニで取って来た無料の就職雑誌を眺めながら、思わずうめき声が漏れる。
「こりゃもう、俺の風俗堕ちしかねーか?」
昔の専門分野に当の自分が叩き落とされるなんて、ずいぶんとした皮肉だ。口の端を意図的にゆがめてみる。
「アルバイトの募集欄はどうですか?」
「バイト、ねえ」、言いながら雑誌を脇に置き、爪の先を見つめる。
「ぶっちゃけ嫌だ。《元》弁護士君のプライドは許すの、そーいうの」
残酷なことを言ってしまったことに気づいたのは返事までの間が空いたせいだった。
「……許せないに、きまっているでしょう」
ベッドの向こうから飛んでくる、怒りを押し殺した声。
「悪かったよ」、天井にへばりついた汚れを見ながら言う。
「気にしてません」
「そうかい」、こたえると立ち上がる。髪をぶん、と一振りして後ろにやると、「よっしゃあ、働くぞお!」と間抜けなことを叫んでガッツポーズを決めてみる。
何言ってるんです、と苦笑する男の顔は自然にこぼれたものなのか、はたまたこちらの意図を汲み取ってくれたからなのか。
「俺はもう決めたからな。工場のバイトでも蕎麦屋の接客でもなんだってやる。知らん男のちんこしゃぶれと言われればしゃぶってやる」
「下品なことを言わないでください」
「やれやれ、優等生はこれだから困るね」
「もう、そんなものは卒業しましたよ」
いたずらっぽく笑みを返された。
「今の僕の世間からの評価は、昔の共同事業者に追われる悪いものだ」
「……へえ、言うようになったじゃないか」
互いに不安を隠し持っているのは同じだ。それをつたない軽口や気まぐれの性交でごまかしながら、こうして過ごしている。
いつまでごまかせばよいのだろう、という思いが胸中をかすめていく。いつまでつづくんだ、という恐怖もある。
ごちゃまぜになった感情たちが、カラカラと音を立てるようにして心を擦り減らせてゆく。
しかし生きねばならん。
どっかの事務所で椅子にでっかいケツを下ろして、のうのうと生きている奴が勝者ならば、敗者はまた敗者の生活をせねばならない。それだけだ。
雨はまだ降っている。
運のよい雨粒どもは、大海へとその身を捧げ、その大きな存在に守られながら、いつかどこか遠い、誰も手の届かない領域にまで到達するのかもしれない。
運の悪い雨粒どもは、疎まれるためだけにこの街に降り注ぎ、そして誰も知らぬままひっそりと蒸発して消えてゆく。
YはいまだにPCと睨み合っている。無駄とわかっていながら、最後のプライドを、自身の潔白を守るために戦っている。
でも、あれは戦いですらない。羽根をむしられた小鳥のように、もがいているだけだ。
滑稽だな。
素直にそう思う。
まったく、滑稽な姿だよ。
そして一方では、その姿をうらやむ自分も存在している。
するりと衣の音をわずかに立ててYに近づく。背後から両腕を回すと、ガラス窓の向こうに広がる曇天を見つめた。
「まったく、俺たちは運の悪い雨粒だよな、Y」
一瞬黒い雲のどこかから、蜘蛛の糸のように垂れ下がる一筋の陽光が見えたように思えたが、それは気のせいだった。