雨粒の共犯者 (22)

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3 - 3/5 (sage) 2015/11/02(月) 16:14:46 ID:TnIKoDPQ

 物事が複雑になるのはあとから様々な要素が絡むからであり、根本的なものはいたってシンプルであることが多い。
 今回もそうだ。
 垂れ落ちる雨粒を、ガラス越しに白い指を這わせて追いかけながら考える。ひんやりと染み込んでくる指先の感触。いつの間にこんなに寒くなったのだろう。
 そもそも「考える」とまでの表現を使う必要もないのかもしれない。「思う」。あるいは、何度もとおった思考の道筋を「辿る」だけ。もう何度もクリアした迷路に再び挑戦するように。 
 こっちは嵌められた、向こうはこっちを嵌めた。それだけのことだ。
 指を止めると、ガラスに映ったYのぼやけた輪郭を見つめる。うっすらと反射したその胸元に、かつて鈍い輝きを放っていたバッヂは、もうない。
 無意味だとわかっているはずだ、開示だなんて。王子さまのお相手でその程度のこと、もう知っているはずだ。正義も権利も、数の優勢の前ではもろく崩れ去ってしまうものなのだ。
 あの王子、B5、ボギー1だって、そう。
 手を思わず握りしめる。
 普段はたいそうな口を叩いておきながら、いざ自分がピンチとなると父親の泥をまとめて共同経営者にふっかけて、犬っころみたいに気楽に捨てた。
 今じゃどこぞの業者様の手を借りて、あらゆる掲示板やSMSで俺たちの悪評を広めるのにご執心だ。トクメイのヒボーチューショーをやめろとは、どの口が言ったものだか。
 やり場のない感情をこめて、軽く拳をガラスにぶつける。コツン、とした硬い感触。
 力のあるやつが、声なき声を潰す。
 常識だ。その程度のことなんざ、世界中で一日に何件も起こっていることだろう。でも、《その程度のこと》はひとりの若造の人生を潰すには、あまりにも十分すぎる。
 ……いいや、うまくだんまりを決め込んでいれば、今頃はどうにかなってたかもな。
 ガラスに反射した人間が、薄く自嘲の笑みをうかべる。
 そいつをネットでかばったアホがいる。黙っときゃあ巻き込まれずに済んだものを、一時の感情に身を任せた大馬鹿者。
 そのアホが火に油を注いだせいで、若造は大炎上だ。そしてついでにアホも共犯者に仕立て上げられ、もうこの業界じゃ食ってけない。
 あまりにも強大だったのだ、あいつの人脈は。気づくのが遅かった、などと言ったところで、それは言い訳にしかならない。
 垂れた雨粒が窓枠の隅で小さな水たまりを作っている。
 眼下を見れば、早くもついた街灯のした、色とりどりの傘が街を行き交っている。遠くにかすかに見える彩りは、どこかの大学が学祭でもやっているのだろうか。
 複雑な回路のように、それぞれの生活の平行線が街を成り立たせている。そして時たまいくつかは切り捨てられ、いくつかは交わる。
 あいつは切り捨てた。俺たちを。
 俺たちは切り捨てられた。あいつの手によって。