雨粒の共犯者 (22)

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2 - 2/5 (sage) 2015/11/02(月) 16:13:53 ID:TnIKoDPQ

 4回目でようやくのヒット。
「なんですか、騒々しい」
 ディスプレイに顔を向けたまま、男はこたえる。
「聞こえてんなら返事しろよな」、言うとベッドで身を起こし、ううん、と伸びをする。「またネット、覗いてるのか」
「ええ」とマウスを握った男は返答する。「開示請求をおこなう必要がありますからね」
「なに、お前まだあんなのやるの」
「僕らにはする権利があります」
「権利、ねえ……」、言いながら冷蔵庫を開き、中身に眉をひそめてしまう。
「おい、ここ水しかないぜ。ハルポッポ曹長としては、できればルーム・サービスのひとつでも頼む、と洒落込みたいところなんだが」
「我慢してください。余計な出費をしている余裕は僕たちにはありません」、Yは気難しい表情を崩さず言う。
 へいへい。
 軽くこたえながら軟水の500mlボトルを出すと、足で軽く蹴飛ばして冷蔵庫の扉を閉める。
 白い喉を上下させて勢いよく透明な液体を嚥下しながら、デスクのうしろに回り込むとY越しに画面を覗いた。
「ボギー1、あいかわらず豪勢にやってんなあ」、思わず出た声。「何人雇ってんだろう、これ」
「数は不明ですが、すべて謂れのないたわごとですよ」、Yはマウスを動かしながらこたえる。「僕らには正義があります。こんなものに負ける道理はない」
 ――ま、正義が、勝利に結びつくとも限らないけどな。
 その言葉を水と共に飲み干すと、空になったボトルをぽい、とゴミ箱へ放り投げた。ミス。
「……ちゃんと拾って入れてくださいよ」
「へいへい」、言いながらゴミ箱のふちに当たってあらぬ方向へ飛んだボトルを拾いに行く。かがんで拾おうとしたとき、ふと思ってたずねる。
「なあ、それって向こうにバレたりしないの」
「バレるとは」、今度はキーボードを忙し気に叩きながらYが言う。「僕らのきょばしょが、でしょうか」
 そーいうこと。ゴミ箱にボトルを落としながらこたえると、「ありえませんね」と返事が来る。
「匿名化の手段なんて、いくらでもあるんですよ。向こうがネットに自信を持っていようと、これを見破るのは不可能だ。自分語りやメールアドレスの使いまわしみたいなヘマをしない限りはね」
「……お前、そういう悪知恵どこで仕込んだのよ」
 窓辺に寄って外を見るともなしに眺めながら言う。すき間からひんやりとした外の風が流れ込んでくるのを吸い込み、新鮮な空気を味わう。
「専門分野と大して関連があるとも思えないけど?」
 よっ、と軽い掛け声を出すと、窓辺のせり出た枠に腰かける。
「昔の共同経営者と一緒にいるとき、覚えざるをえませんでした」
 硬い声がかえってくる。しばらくの沈黙。
「……ほーん」
 生返事をすると、薄く曇ったガラス窓の向こうを見る。
 ――いつまでガンコに、《昔の共同経営者》なんて呼び方する気なんだ?
 口に出せない言葉をもう一度、今度は水の助けなしに飲み込んだ。