4 - 4/4 (sage) 2015/10/22(木) 21:06:31 ID:D2LM/npI
頭部を駆け巡る生温かい感触で、Hは目覚めた。
湯特有の香り、そして石鹸の香り。視線を上にやると、ピンクのシャンプーハットのふちが見えた。
なぜだか自分は、頭を洗われているらしい。
ごしごしとした感触が止まり、Yシャツの両腕をまくりあげた男が、背後からこちらをのぞき込む。
「お目覚めですか?」
「ん……ああ。すまんが、状況がよくわからんのんじゃが……」
「気になさらないでください。ちょっとした事故があったので、今頭を洗っているだけです」
はて、事故?
Hは未だ醒めきらぬ頭でぼんやりと記憶の糸をたぐりよせる。
確か息子のオムツを交換しようと一緒に便所に入り、ズボンを下ろし、そして、そして……。
……どうなったんじゃったかのう?
思わず苦笑を浮かべてしまう。歳のせいにしたくはないが、最近どうも記憶のたぐいが曖昧だ。
「かゆいところはありませんか?」
定番ですけど、一度言ってみたかったんですよねこれ。頭を洗いながらYが言う。
「うむ、ちょっとつむじがかゆいのう」
「わかりました」
ごしごしと慎重な力で洗髪される快感に、ネコのように目を細めながらも、Hはふと思い出してたずねた。
「そういえば今、何時じゃ? キミちゃんとの予定があるから、あまりうかうかしとれんのじゃが……」
「ああ、食事会なら中止になると思いますよ」
「中止? そりゃまたどうして」
「いえ、まあ、ね」
Yは言葉を濁すと鼻の天辺に飛んだシャボンをぬぐい、事務所の奥を指した。
「Mさん、ちょっとした「ありがちなミス」をやってしまいましてね。今全身を先輩とKさんが洗っているところなんです」
「ありがちなミス……というと、まさかキミちゃん」
「そうなんですよ」
Yが微笑を浮かべる。
「Mさん、どうも間違えて、先輩の肛門に入ってしまっていたらしくって。全身入っちゃったので、ちょっと洗浄に時間がかかりそうなんです」
「そうかそうか、キミちゃんがのう。実にありがちなミスじゃが、あのしっかり者に、珍しいこともあったもんじゃなあ」
こりゃ、いつか酒の席で笑い者にしてやらんと。
そう言って軽い笑い声を立てるH。
――あなたを引っ張り出したらあとからMが出てきたんですよ。まったく、いつTの肛門に入り込んだんだか。
……などとは到底口にすることもできず、苦笑いを浮かべるYであった。
今日も事務所は、平和である。