3 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/10/16(金) 19:12:27 ID:M/Sxgo/w
猟銃が火を吹いたが、弾はKの脇腹をかすめ、わずかに贅肉を傷つけただけであった。
膝をつくYに、怒りに燃えた群衆が襲い掛かろうとする。Kはその金色の手によって彼らを止めると、堂々たる声でこう言った――
人は人を愛さねばならない! 今、きみたちがこの男を石打ちにしたところとて、憎しみの連鎖は断ち切れぬのだ!
Yは私にとって、親よりも大切な存在だ! さあ、きみたちは人の親を躊躇なく打てるのか! 優しい世界はそれで実現されるのか!
ああ、なんと深く、しみいる、言葉であっただろうか!
人々はみな涙し、そしてそこに湖ができた!
Kはその湖にそっと自身の大便を投げ入れる!
タンパク質により生命が生まれ、そして急速に進化をなしてゆこうというのだ!
生命の誕生、果てなき進化、幾億年ものプロセスが、今まさにそこで展開されてゆくさまを見よ!
嗚呼しかしどうしたことか、アデニン、チミン、シトシン、グアニン、ウラシル、世界の螺旋は急に止まってしまいそうになる。
そう、足りないのだ。栄養が、栄養が足りないというのだ!
――おお、見よ、わが群衆よ! わが自由闊達なる肉体は、この水中へと身を捧げることに何も臆してはおらぬ!
Kは叫ぶと、頭から湖に飛び込む。透明度の高きその水中において、彼はミトコンドリアと戯れ、そして、新たなる生命の輪廻の誕生を、その身によって祝福しようというのだ!
湖のほとり、陰茎のような顔をしたひとりの男がサッと青ざめ、そして叫ぶ。
――いけません、早く上がってください! 紫のクラゲが近づいてきております! 私の父も母も弟も、みなあのクラゲにちくりとやられてしまったのです!
Kはぷかぷかと水上に浮かび、徐々に接近してくる紫のクラゲを見つつも、微笑を浮かべてこういった。
――而してそれが運命ならば、きみはどうするというのかね?
陰茎男は何も言えずうなだれる。
Kは空をあおぐ。空の色は茜色だ。
――嗚呼、最後に見るにはちょうどよい塩梅の空色ではないか。突然当職には様々なことがわかるのだ。そう、それこそが死の一形態なのだ。
Kは紫のクラゲに食されつつも、クラゲに向かい叫ぶ。
――クラゲよ! 私を食らう邪悪なクラゲよ! お前たちは馥郁たるわが体臭を楽しみ、そして今まさに肉汁をすすろうというのだな!
よいだろう! それこそが聖者の最後にふさわしい!
クラゲたちはKが言い終えるのを待っていたかのように、その顔にかぶりつく。
しかし群衆が耳にしたのは食われる者の悲鳴ではない。ファの#であったのだ!
Yが涙を流し、群衆に伝える。
――あれすなわちKの歓喜の声、世界を祝福し新たな生命を祝福する声であったのだ! 彼は食われる恐怖よりも、新たなる世界への希望を胸に死んだのだ!
Kは自由であった! 最後まで、自由闊達であったのだ!
ああ、そのようなことを知って、どうして泣かずにはおられようか? 群衆はまたも涙し、そして広がった湖は今でも陽光の元きらめいている。
後に、湖の底できらりと光るバッヂが見つかったということだ。
‐了‐