純度100パーセント (24)

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1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/10/15(木) 00:27:51 ID:vDcoa3A6

1.

「純愛についてどう思う?」
 Yが突然たずねてきたのは、事務所の仕事を一通り終え、一服している頃合いであった。
 アイスをかじっていたKは、彼の発言に首をかしげる。
「純愛って、あの、純愛ナリか?」
「そう」
 Yはぱたりと本を閉じると、両手で顎を支えてKを見つめる。
 生真面目な彼のことだから、学術書を読んでいるのだろうとKは思っていたが、ちがった。本のタイトルは「拷問全書」。
「世界には様々な性癖があるよね」
 Yが微笑を浮かべる。
「たとえば僕らの所属するカテゴリは同性愛。他には小児性愛や、人形愛、動物性愛、無機物への愛。SM行為や食便、食人なんかも異常性癖としてカテゴライズされることはある」
「急に何を言ってるナリか? そんなことよりもN社への次の一手を――」
「なあK、そういうものって、何によって成り立っていると思う?」
 Yが立ち上がりながら言う。
「性欲だ。性欲と、わずかばりの愛なんだよ。歪んだ性癖でもどこかに愛情は存在するし、世間の語る純愛にも性欲が存在する」
 Kのこたえを待つ気は最初からなかったらしい。
「でもひとつだけ、疑問があるんだよ」
 彼は首をふってつぶやくと、Kの方へ歩み寄って来る。
「もし性欲のない、愛だけの行為があれば、それはなんと呼ぶべきだろう? それは家族愛? 熱心な宗教への愛?ねえ、見返りを求めない愛とは、なんだろうね。
 僕とKは愛し合うこともある。それは性欲の裏打ちがあってこそ? 僕はね、もっときみへの感情を純粋なものにしたい。肉欲など存在しない、血のつながりも必要ない、真の純愛というものを築きたい」
「ちょ、ちょっと待つナリ、今日のY君は変ナリよ!」
 Yの異様な雰囲気に押され、Kは思わず立ち上がる。
 近づいてくるYに合わせ、一歩ずつ下がりながら言う。
「確かに裁判の結果は、その……残念だったナリ。あっ、そうだ、一緒においしいものでも食べに行くナリ! おなかいっぱいでぐっすり眠れば、明日の朝には元気になるナリよ!」
 はっはっは。
 Yが大声で笑う。
「裁判? あんなもの、はじめから勝ち目のないこととわかっていたよ。それに、あれとこれは別問題だ」
 背中に堅い感触。
 いつの間にか事務所の隅にまで追いやられていたらしい。
 Yが唇の端をゆがめる。
「おやおや、K。もう逃げる場所がないようだよ」
「H! Hはどこナリか!? 事務員はいないナリか!? Yがおかしいナリ!」
「おかしい? それは聞き捨てならないな。K、僕はきみに「愛情と性欲の違い」を教授していただきたいだけだ……その身をもってね」
 Hは来ない。誰も、来ない。
 青ざめた顔で周囲を見回すKに、Yが唇の端をつりあげる。
「Hさんは学会で2日事務所を空けると昨日言っていただろう? 事務員には昨日僕が有給をまとめて取らせた。遅めのシルバー・ウィークとしてね」
「まさか……」
「そう。すべては今日のため。これからおこなうちょっとした《儀式》のためだ」
「ぎ、儀式って……?」
「僕はね、確かめてみたいんだ。自分の愛情に、性欲が存在しているのかどうかを。愛情と性欲の境目が、どこに存在しているのかを。
 純粋な、混じりけのない愛情というものは、どうやったら手に入れることができるのかを。僕はひどく知りたい。そしてそれを、きみの体で、証明してみてほしい」
「い、いったい何を――」
 衝撃が走る。Kが消え行く意識の片隅で見たのは、スタンガンを手にしたYの姿であった。