1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/10/08(木) 17:59:45 ID:I/nvxUoU
不機嫌をそのまま固めたような顔で、彼は僕の目の前を歩いていく。
����これから人と会う予定があるというのに。参ったな、これだからお坊っちゃん育ちは。
つられてこちらまで不機嫌になるじゃないか。
どうも彼は、昨夜もどこかの掲示板に書き込まれた自分への誹謗中傷を見たこと、そして連日の事務所へのいたずらが相当なストレスになっているらしい。
本人はそんなことを言ってはいるが、そのくせしっかり3食食べているのだからストレスとやらが聞いて呆れる。
「からさん」
呼びかけてみるが、彼の歩くスピードは変わらない。短い脚で不思議な歩き方をするくせに、歩くのはやけに早い。
「からさん、ちょっと」
彼はこちらをちらりと見る。なんだ、聞こえてなかったわけじゃないのか。
「…外ではその呼び方はやめて欲しいナリ」
雑踏にかき消されるほどの小さい声で彼は不満を漏らした。
その呼び方?…ああ、つい癖で。
「すみません、つい癖で」
「誰かに聞かれたら、また馬鹿にされるナリ」
「気をつけます、すみません。」
誰かに聞かれるも何も、とうの昔に広まって散々馬鹿にされてるのを、知らないのか?
まさかあなたのことをそう呼んでいるのが僕だけだとでも?
だとしたら本当におめでたい話だな。
まあ僕としては、顔も知らない奴らに僕と同じ呼び方を使われるのはいくらか気に入らないところではあるが。
「…唐澤さん、そのしかめっ面ではクライアントにいい印象を与えませんよ。少し余裕がありますし、コーヒーでも飲んで一息ついてから行きますか?」
僕がこうでも言わないと、彼は客相手にその憎たらしいふくれっ面でいつもの尊大な態度を取るに決まってる。
大した金額にもならない仕事って時点で僕だってかなり気が乗らない。
でも弁護士なんてある程度は客商売みたいなものだろう?
スカスカでもとりあえずの実績と、コネを作っておいて損は無い。
親に守られてここまで生きて来た彼は、そういう社会の空気も機微も全く読めていないただの馬鹿だった。
「当職は、コーヒーと、ケーキも食べたいナリ」
先程よりやや落ち着いた声色で返事が返ってくる。
昼食から一時間経ったくらいでケーキとは、だからあなたはそんなに太るんですよ。
「いいですね、じゃあ、あそこのドトールで少し休みましょう」
僕は上手くやっている。
とても上手くやっているのだ。