ポジショニング奇譚 (9)

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3 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/09/20(日) 22:45:30 ID:JF68mE.M

「まさか、パンツのゴムに挟んだせいで先端が苦しかったんですか!? そうなのですね? ああ、どうしよう、僕はなんという失態を!」
「まあ落ち着きなさい、Y君」
 Kが穏やかな声でYを黙らせる。
 茶をすすりながら、はて先ほどとは役割が逆になったなあ、などと私は考える。
「Y君、当職はいささか興奮してしまっただけなのだよ」
 Kが慈愛の笑みを浮かべて言う。
「きみがポジショニングを直すこと数回(4回だ、と私は脳内で訂正する)、きみの手があまりにも触れるため当職は性的興奮をおぼえてしまった。
 こんな状態ではいくらポジショニングを直したところで、意味がないのだよ。
 なにせ当職が性的興奮をおぼえると、当職の当職も自然と膨張してしまうのだからね。
 ……さてY君、きみならこの状況、どうやって抜け出すかね。T大卒のきみは、この問題をどう解く?」
 事務所に静寂が訪れる。冷房のゴウゴウとした音が妙に大きく響く。
 湯呑みを机にそっと戻しながらYをちらりと見やると、そこには頬を赤らめ、覚悟を決めたような表情の男がいた。

 やれやれ。私は薄野の風俗で童貞を捨てたとある春の夜のことを思い出す。

 立ち上がると、絡み合う2人の男に「では」と極めて事務的に告げる。当然彼らからの返答はない。できない、というほうが正しいのかもしれない。
 私の耳には、じゅるりじゅるりという何かを絡ませ液体をすする音が届くのみである。
 事務所を出ようとすると、1人の老人が寄ってきた。
「すみませんが御仁、無料相談は30分までなのじゃ。超過分の相談料金を支払ってくれんかのう」
 やけにもみあげの白い老人はたどたどしく言う。ここの事務員だろうか。それにしては妙に老けている気もするが。
 聞き返すのも面倒だったので無言で老人に料金を手渡し、今度こそ事務所を出る。
 さて、どうしたものか。はるばる身一つでやって来たのだ、このまま何の収穫もなしに帰ったら旅費を捻出してくれた父に合わす顔がない。
 となれば新しい事務所を探さねばなるまいが、しかし探す当てもない。
 くぅ、と胃が鳴った。立ち止まり財布の中身を改める。腹が減っては戦ができぬ、だ。まずは回転寿司で2皿でも食べよう。
 脇の車道を、運送屋のトラックが猛スピードで通り過ぎていった。運転席には必死の形相をした中年の男が座っている。
 あの運転手はどこへ向かおうと急いでいるのか。彼を急かすのは、彼自身の問題であるのか、それとも周りの状況であるのか。
 トラックの過ぎて行った道にオイルが垂れ、アスファルトに黒い染みを形作っている。排ガスとも土ぼこりともいえぬものが空にふわふわと舞い上がっており、それは陽光できらめく。
 その風景にもなにか懐かしいものを見出そうとした私であったが、いつまで立ち止まっていてもとうとうできなかった。

 -了-