1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/09/20(日) 22:43:20 ID:JF68mE.M
§1
「ずれてますよ」
斜め向かいに座る長身の男性が隣の男へ言った。
「や、これはいけない。Y君、直してくれるかね」
「まったく仕方のない人ですね、Kさんは」
まんざらでもない調子で言って長身の男は立ち上がると、私の眼前に座る弁護士の前にしゃがみこみ、ごそごそと何やらやりはじめる。
ベルトを外すカチャカチャという金属音が聞こえ、つづいて白いスラックスのチャックを開く音がきこえる。
応接テーブルをはさんだ私からは、彼が正確に何をしているのかはわからない。
Kの股間の前で背中を動かすその姿は、まるで口淫を施しているかのように見える風景である。
が、見当はつく。
おそらくKの陰茎のポジショニングを直しているのだろう。
というのも、私が相談をしに来てから、彼らが件のポジショニングを直すのはこれで3回目であるのだ。
目をあげると、眼前の弁護士は眉1つ動かさず、私を親しげな眼差しで見つめている。
まるで他者に陰茎のポジショニングを直させることはさも当然であるというように。
まるで人前で陰茎のポジショニングを直すことはごく当たり前だとでもいいたげに。
9月も末だというのに事務所には冷房がきつくかけられており、空気はひどく乾燥している。
私は乾いた唇を舐め、口を開く。
「それでKさん、ネット上での誹謗中傷というものは――」
「何度も申しあげたように、解決可能です」
長身の男に陰茎のポジショニングを直させながら、太った男が言う。淡々と。
「本当ですね」、私は再三たずねる。
ここまで慎重になっているのは私自身ネットに強くないということもあるが、一重にこの弁護士たちの異常な光景を見たためである。
私を安心させようとしているのか、Kは唇の端をあげ、美しい微笑を形作る。聖母のような微笑。
「当職は、私は、ITには非常に自信があります。ネット上の誹謗中傷は解決可能です。では具体的にどうするのか。それはIP開示をするのです。パカパカ開くのです」
「IP開示、ですか……」
私は疑問を口にしてよい物かどうか暫し悩み、「しかし」、と言う。
「しかし……何でしょうか?」
Kが柔らかな口調でたずねてくる。こたえようとしたその時、「よし、完璧だ!」という男の声がする。
「直りましたよKさん。今度こそ完璧です!」
Yという男が控えめなガッツポーズを作り、Kに言う。見るとKの白いスラックスは再びチャックが閉められている。
「今度こそ完全に、当職の当職のポジショニングを戻してくれたのだろうね?」
KがYへ優しくたずねる。その姿はおつかいから戻ってきた幼子に、「買い忘れはないかい?」と確認する母親のようである。
「はい、問題ありません。念のために棒を上に向け、先端をパンツのゴムに挟んで固定しておきました。これでいくら動いても、もうずれませんよ」
Yが額から流れ出る汗をふきながら爽やかな笑みを浮かべる。ポジショニングの慎重な調整で汗をかいたようだ。
なるほど、事務所に冷房が効いているのはこのためか。至極どうでもよい謎がひとつ解けたが、私には私の問題がある。
兎にも角にも話を戻そうとKに向き合う。
「ええっと……それで話の続きですが。Kさん」
「はいナリ」
傍らにうずくまるYの頭を撫ぜながら、Kが私を見る。さながら忠犬とその飼い主のよう。
「IP開示とおっしゃいましたよね。私もその方面は明るくないのでどうとも言えないのですが、その、あまり、効果がないと耳にしたことがあるのですが」
「何がでしょうか」
「ですから、IP開示はあまり意味がないと聞いたことがあるのですが、実際どうなのでしょうか」
「え? 何が意味がない?」
「いえですから、IP開示です」
Kがむっつりとした顔をし、うつむいたのはそのときであった。両の拳を握りしめ、顔を耳まで真っ赤にし、わなわなとゼリーのようにその肉体を震わせている。
その姿は、どう見ても怒っているようにしか――
「いきなり何を言い出すナリ?」
ああ、やはり怒っていた。