53 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2015/05/02(土) 23:51:44 ID:vA/stVI.
「それで、その屋敷というのはこちらにあるのですか」
警視庁からきた山内という刑事は、車中メモをとりながら森に質問をする。
「ええそうです。バスを降りそこねてしまい、気分転換に散歩をしていたところみつけたのです」
警察の車はがたごととまだ舗装のされていない道路を進んでゆく。
「しかしなんでまたそんなところに二人で行ったのです」
「私が屋敷を見つけたことを話したら岩村が行ってみようと言ったのです」
これは答えづらい質問であった。なぜならば、その後二人は不法侵入をしたからである。
森のきまずそうな態度を見て取った山内は呆れた様子で「勝手に入るのはよくありませんなあ」と注意をした。
森はいたずらを怒られた子どものようにすみませんと頭を下げることしかできなかった。
道中森は記憶を頼りに車両の運転手に方向の指示を出し、かの屋敷に向かって進んでゆく。
やがて見覚えのある風景が出現し、あの立派な塀が見えてきた。
「刑事さん、この辺りです。私と岩村が訪れた屋敷はあの塀の向こうにあるはずです」
それを聞いた山内は、運転手にこの辺りで車を止めるように指示を出し、車から降り森にも降りるように言いながらこんな話をした。
「怪人にさらわれたというのがどうも得心できません。なにせ、この文明の世の中ですからね。そんな怪人が果たしているのやら」
「いえ、しかし、それでも私はこの目で確かにみたのです」
「まあ、万が一も考えてこのように拳銃も持ってきています。警察官も何人かここにはいますから安心してください」
森は自分の話が疑われていることに多少憤慨しながらも、なるほど、普通に考えれば信じられぬ話ではあるだろうと、一人納得していた。
いや、しかしながら、たとい疑われていたとしても、あの塀の向こうのあの屋敷の中を警察が捜査すれば誘拐の証拠の一つや二つ見つかるはずである。
そうすれば自分の疑いは晴れるであろうし、岩村の捜索が本格的に始まるだろう。
彼をあの屋敷に導いたのは自分であるのだから、多少なりとも責任を取る必要がある。
警察の捜査には森自身、協力を惜しまぬつもりであった。
森と山内、そしてその他数名の警察官は塀をたどり門扉の前までやってくるが、森は思わず声をあげてしまった。
「あっ。そんな、なぜ」
なんと不思議なことか、なんと恐ろしいことか。これがあの怪人の妖力とでもいうのであろうか。
昨日、森と岩村が訪れた屋敷は、周りを囲む塀を除いて、すっかり消え失せていたのである。
(続く)