3 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2014/07/29(火) 19:22:53 ID:LBtcSyqw
定刻になり残っている仕事もないので、森氏は同僚に挨拶をしてから銀座のオフィスをでた。
近くに出来たビヤガアデンという場所に行き、そこで一杯引っ掛け楽しもうじゃないか、
なんでも欧米ではそういうところで女と遊ぶらしいぞなどという彼らの誘いを断り、
森氏は帰宅の途についた。
なにも彼は無愛想であったり人付き合いが悪いというたちであるわけではない。
なんとなくこの日はまっすぐ家へと帰り、ゆっくりしようという考えに行き着いただけなのだ。
であるから、森氏の同輩も、彼が誘いを断ったことに不快になることもなく
それじゃあまた機会があったらいこうじゃないかと笑って返した。
彼の家は渋谷の近くにあるので、銀座からは地下鉄で渋谷まで行き、そこから路面電車に乗ればよかった。
ところが森氏はボーッとしていたのか降りるべき停留所で降りそこねてしまった。
それどころか、その先もいくつも停留所をのがしてしまったのだ。
こうなったら仕方がない。
次の停留所で降りると、まあ数駅程度だから軽い運動になるだろうという気持ちで家のある方向へ歩き始める。
このあたりは最近人が住み始め、民家が並び始めたのだが、それでもまだどこか寂しい感じである。
畑があちらこちらに見え、その中に家がポツンポツンと不均等に並んでいる。
さて俺の家はどっちの方にゆけばいいんだ、とすこし新鮮な気持ちで適当に道を選んで歩いていた。
なあに道に迷ったって死にはしないさ、それに今日は早くあがったんだ、時間はたっぷりあるから
この偶然に得た気分転換の逍遥の機会を活用しようじゃないかという心持ちで歩いていたのだ。
日はもう暮れていたが、幸いにして満月の夜であったので、灯りがなくてもあるいてゆける。
ふと気が付くと、森氏はこうやって歩いている間、自分がずうっとおんなじような壁を眺めていることに気がつく。
いや、それは壁ではなく塀であるということにもすぐ気がついた。
これほど塀が長く続いてゆくのだからさぞかし立派な屋敷に違いない。
ぜひとも見てみたいと考えたが屋敷自体は塀に阻まれてみることがかなわない。
しかしそこは今日は時間がある森氏である。半ば意地になり、正門からこの屋敷を見てやろうと決心した。
塀に伝って歩いてゆけば、必ず正門にはたどり着ける。
今日は路面電車を降り遅れたお陰で予期せず面白い散歩になったぞ。
そんなことを考えながら、森氏は塀にそって歩いてゆくのであった。
(次回へ続く)