1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2014/07/20(日) 17:04:41 ID:dAqS0R4w
唐澤少年の指が父のもみあげに絡む。指先で転がしたそれは羽毛の様に軽く、指の腹でさするそれは絹糸の様に艶やかだ。唐澤少年は恍惚とした表情で指先を動かし、父も恍惚として毛先を動かす。どうやら、このもみあげには触覚があるらしい。少年の中の冷徹な部分が心の内にメモを取るが、しかしその指先の動きが止まることはない。
二人は魅せられていた。その感触に。その不可思議さに。そしてそこにある確かな親子の交流に、二人はぬるま湯に浸かる心持ちでひたっていた。
小学生最後の夏休み、その最後の日を貴洋は家で過ごしていた。特に外に出る用事が無かったからではない。宿題が終わっていなかったからだ。国語数学英語社会、四科目は弟の助けで今日中に終わるらしい。しかしあと一科目。理科の自由研究まではどうしても手が回らない、と、弟は言っていた。使えない奴め。貴洋は心の中で悪態をつきながら舌打ちをした。
まず、母に聞いた。自由研究とは何か。まず敵を知らなければ何もできないからな。自由に研究するにしても何をすればいいのか分からない。やりたくもない。こんな意味の無いことをやらせる学校の教育制度、見直した方がいいんじゃないか?普段思っていることを母にぶつけ、更に余裕の無さからか思わず暴力をふるう。
しかし母親は笑顔で安心させる様に言うのだ。普段からよく考えてる唐澤貴洋なら、すぐやることも見つかるわよ。唐澤貴洋は出来る子だから。大丈夫よ。大丈夫。
結局何をすればいいか分からないまま、貴洋は二階にある自分の部屋に戻った。当職が出来る奴なのは当然だろう、役に立たない女め。締め切られた空間に、明日から学校だという陰鬱な思いと歯ぎしりが充満する。現実問題、今から新しいことに手をつけてもダメだろう。どうしよう。どうしよう。あてつけで床を踏み鳴らす。そして心の中で目算をたてた。
これぐらい音を出せば、あの役に立たない家族共もわかるだろう。いかに、この当職が追い詰められているか。まるで踏み抜くかの様に踵で床を打ちつけながら貴洋は思う。あいつらはこの音を聞いて、当職を助けなければならない。今から新しいことを始める苦しさはあいつらもわかっているはずだ。あいつらが助けなければ、当職は宿題が出来ずに終わる、それは当然だ。この音であいつらが動かないなら。つまり当職の宿題が終わらないのは、あいつらのせいだ。そしてひときわ強く踵を踏み鳴らした時、部屋のドアが掠れた音を立てて開いた。
かかった。当職は心の何処かでほくそ笑む自分を感じながら、しかし今まで当職の予定を管理してこなかった家族に対する苛立ちのまま叫んだ。勝手に部屋のドア開けてんじゃねーナリよ!勢いのまま手近にある小物をぶつけたドアの後ろから、そいつは伺う様に恐る恐る顔を出した。当職はでかい音で舌打ちした。
そこに居たのは父であった。当職の部屋の真下に父の部屋はある。音は当然届く。部屋の中で血を分けた息子が荒れているのを無視することは出来なかったのだろう。そして差し入れのつもりだろう、父は手にアイスを持っていた。バーが二つある真ん中で割って二人で分けるタイプのアイスだ。二人で食べようとでも言うのだろうか。クソが。当職は父の手にあるアイスをふんだくると左右から一本ずつ口内に差し入れ噛み砕いた。さすがにうまい。ただ父のすがる様な目がシャクに触る。クソが。シャクシャクシャクシャク。