世界の終わり (12)

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4 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2014/06/12(木) 01:08:31 ID:n29b11is

その日、弁護士はいつも通りクッションのついた肘掛け椅子に深く腰掛け、時間を待っていた。
はたしてドアをノックする音が聞こえ、青年が静かに部屋に入ってきた。
青年はちょうど肘掛け椅子と向かい合うように置かれた椅子に座ると、やや前掲した姿勢になると、静かに息を吸い込んだ。
「先生、毎度のご活躍、拝見しております!困難な時代に生きる我々に力を与えてください!」
いつも通りありったけの賛辞を紡ぎだす青年。しかし弁護士はいつもと違い、腕を膝の上に置いたまま動く気配はなかった。
奇妙に思った青年はキリの良いところで口を閉じる。すると弁護士が静かに口を開いた。
「君は当職を馬鹿にしてるんだね。」
うつむき加減に一言、弁護士はそういうと、口を閉じた。青年は一瞬目を見開き、その後即座に否定の意見を述べた。
「先生!そんなことは決して…」
「もういいナリ。当職は全てわかったナリ。当職の見ていた世界が、全て間違っていたことに…」
彼は気づいていた。いや、本当はすでに何もかもわかっていたのだ。自分の支持者は全て、自分を嘲笑するために創り上げられた嘘の存在であることに。
家柄が良いだけの仕事のできない無能弁護士。それが彼の真実の姿。元より彼は多くの人々から嘲笑され、虐げられてきた。彼の発した言葉はすぐさま晒し上げられ、事務所の看板は落書きだらけになった。
しかしあの夏だけは違った。巨悪に立ち向かう姿に向けられた尊敬の眼差しは、確かに真のものであった。今思えばもしかしたらそれは、惨めな自分に神様が与えてくれた、たった一つの情けなのかもしれない。
それは長くは続かなかった。所詮自分は無能弁護士。一向に事態は進展せず、支持者は次々と離れていった。さらにそのことばかりに目をとられ、別の案件を放置して失敗したことがばれると、ますます離脱は加速していった。
いつしか自分はかつてのように孤独になってしまった。嘲られる毎日。しかし、そこにたった一人、あの青年がいたのだ。彼はこんな自分をありったけの言葉で讃えてくれる。いつしか自分は彼に身も心もすべてを委ねるようになっていた。
しかし、時の経つにつれ、段々と真の姿に勘付くようになっていた。自分に向けられた賛辞の声は、偽りであることに。その言葉に踊らされる自分をみて笑うことが本当の目的であったことに。
何かが崩れ去るようだった。ちょうどそれは遥か昔の記憶。自分を友達と言ってくれたクラスメイトが、ある日自分を虐めていたグループのメンバーを引き連れ、真実を打ち明けた。その光景が脳裏を過った。
いや、それも偽りの言葉かもしれない。本当は最初から全て気づいていた。それでもこの奇妙な関係を続けようとしたのは、ただ一心に愛を求め、自分の望んだ世界を欲したせいかもしれない。
弁護士は狼狽する青年に声をかけ、最後の賭けに出た。
「もし君が本当に当職を愛しているのなら、当職をここで刺してくれナリ。」
二つの椅子の間に設置されたテーブルに、そっとナイフを置いた。