丑三つ時の怪音 (5)

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2 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2014/05/03(土) 01:41:54 ID:NOD1F9/E

そうしてしばらくして、貴洋はタマガワの河川敷についた。誰もいない川辺で、丈の低い草の先が風に揺れている。太陽は天高く輝き、真上から貴洋を見つめる様に照りつける。貴洋はそのまなざしから顔を逸らしながら、首元の汗を手のひらでぬぐう。折り畳んだジャケット、その下の腕から、腋から、じっとりとした汗が滲んでは流れていく。
暑い。貴洋は額の上に手をかざし、土手を慣れたように下っていく。その先に、弟が眠っているのだ。貴洋は斜面を滑る様にして下っていく。
やがてついた橋の影。涼しげな風が吹き抜けるその場に、厚史の墓はあった。一抱え程の平らな石。地面に突き立てられたそれを囲むように、花束とアイスの棒が添えられている。
貴洋はその前で立ち止まった。弟の墓は小綺麗に掃除されていた。貴洋が以前目にした時とほとんど変わっていない。毎日が日曜日なので、暇な時には掃除に来ているのだ。
貴洋は思わずつぶやいた。
「何が不満ナリか」
ぽつりとこぼされた言葉は、川沿いの風に流され、余韻だけを残して消えていく。しかし、貴洋の中には変わらず、鬱屈としたものが溜まっていく。
毎日掃除しているのに。毎日花を備えているのに。アイスの当たり棒を毎日飾っているのに。
「何が不満ナリか!」
それは怒りだった。長い間、報われない努力をしていた兄の、逆鱗であった。
「当職はこんなに頑張ったナリ!感謝するナリ!感謝するナリ!」
貴洋の足が、厚史の墓石に叩きつけられる。備えられた花は花びらを宙に散らして土にまみれ、アイスの棒はへし折れて散らばる。
「認めろナリ!認めろナリ!」
倒れる墓石。貴洋はその根元の土を指で掻き分け、弟をおもむろに引きずり出す。
弟はほとんど骨になっていた。暗い眼窩から虫が顔を出すが、気にせず貴洋はその骨格を縦横無尽に振り回した。川沿いの風に、カラコロと軽い音が混じる。
次いで、その小さな体を貴洋は地面に叩きつけ、仰向けになったその節々に鞭を振るい始める。貴洋の手首のスナップに合わせ、鞭が飛ぶ、骨片が飛ぶ、汗が飛び散る。
頭蓋骨、肩、肘、鎖骨、肋骨。そして腰骨を打ちつけ様としたその時に、貴洋はそれを目にした。
それはちんぽだった。薄い色をしたちんぽ。ただ、それは夢の中で見た血の気のないものなどではない、確かに脈打つ隆々としたちんぽだった。肢体を鞭打たれて、厚史は喜んでいるのだ。呆然と立ち尽くし貴洋の目の前で、若い雪が散る。まるで春の息吹の様に噴き出したそれは、優しげな風に跡形も無くさらわれていく。
途端、貴洋の頭に天啓が差し込んだ。悪いものたちにやられた厚史。厚史は乱暴されて苦しんだのか、それとも。
鬱屈としたものがほどけていく様に感じ、貴洋はふと空を仰いだ。