1 - 名前が出りゅ!出りゅよ! 2014/04/16(水) 20:26:52 ID:cQInm4jA
数式の解を出したところでシャーペンをノートの上に置く。芯は出したままだ。すぐ再開するつもりだから。
ぐぐぐっと伸びをし、窓の外を見やる。
日は暮れかけていた。電気をつけないとなと思って立ち上がる。
その時だった。不意にノックの音がした。
ドアを開ける。そこには兄がいた。
「厚史、用水路にいくナリよ〜」
無能な兄。愚鈍な兄。
才能もなければ努力もできない。生きる価値のない、ただのタンパク質のかたまり。
僕はこの兄が嫌いだった。殺したいほど嫌いだった。
「どうしたナリか?いつもみたいにザリガニ釣りにいくナリ〜」
高校生になってなにがザリガニ釣りだ。少しは勉強したほうがいいんじゃないのか。
死ね、無能。殺すぞ、無能。
気持ちをぐっとこらえる。そして、いつものように笑みを浮かべて返事をする。
「ああ、そうだね貴洋兄さん。ザリガニ釣り、行こうか。玄関で待っててくれないか。支度するからさ」
「分かったナリ!まってるナリよ〜」
無邪気な、のんきな、まぬけな顔でそう答える。
兄が部屋から出て、階下へ向かったのを見て僕は決心する。
「あの兄を殺そう」
いや違う、殺すのではない。事故だ。不幸な事故なのだ。
僕の頭が計算する。どうすれば最も自然にあの兄を殺せるか。
そして、はじき出す。最適解。
生きていても意味のない存在を殺してどうして罪になろうか。
ゴキブリを叩き潰すのはよくて、あの兄を殺すのはダメだというのは納得がいかない。
僕がやろうとしているのは害虫駆除だ。
シミュレートをして、僕は早速玄関のもとへと向かった。
僕達しか知らないザリガニ釣りのスポット。
家から自転車で10分ほどのところにある用水路だ。
壊れた虫取り網の先にタコ糸を縛り付け、その先にスルメイカをくっつけただけの釣り竿。
兄が僕に作ってくれたものだ。
用水路に腰掛け糸を垂らす。ザリガニがにおいにつられてやってくる。
早速一匹釣り上げたな、そんなことを考えていた時だった。
不意に視界の隅が揺れた。大きな水音と、叩きつけるような衝撃音が走った。
僕はびっくりしてそちらをみる。
兄が用水路に落ちたのだ。
「うがぅっ…がはっ…助けて…くれナリ!!」
用水路とはいえ水深は腰のあたりまである。
もちろん、その程度だったら溺れたりはしない。助けを求めるはずがない。
兄は絡まっていた。釣り竿に使っているタコ糸が、足に、腕に、首に。
立ち上がろうとしても転倒し、もがけばもがくほど糸は絡まり体の自由は制限されていく。
助けなければ。用水路に入り抱き上げればまだ助かるだろう。
そう思い、汚して母に怒られないようにとズボンを脱ごうとした時だった。僕の肩に手がかかる。
「やめなよ、洋一兄さん。もう助からないよ、貴洋兄さんは」
弟だった。兄の横でザリガニ釣りをしていた、弟の厚史だった。
「何を言ってるんだ。助けなければ。それに、お前どうして兄さんの横にいたのに
兄さんがあんなになるのに気が付かなかったんだ」
僕は少し責めるような口調で弟に尋ねる。
ハッとする。口ごもる。感じる。弟の目の中に揺れる狂気を。
夏だというのに背筋が凍るような、すべてを見下し、見透かしたような目。
僕は悟った。どうして兄は糸に絡まり用水路に落ちたのかを。
「なら洋一兄さんも死ぬかい」
視界が反転した。頭に衝撃を感じる。口に、鼻に、水が流れ込んでくるのを感じる。
ああ、僕は……。