ハチナイ無いね (1001)

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1000 - 来世はカメムシ 2024/10/04(金) 00:46:08 ID:4ifmV39M0

けれど、お気に入りの野球ボールをなくしたお兄ちゃんは、和香が中学生になった今でも野球を続けている。
「5番、セカンド、鈴木君。背番号4」
和香は立ち上がった。バットを持ったお兄ちゃんが打席に入る。「打て鈴木!」「ここで頼む!」とあちこちから応援の声がかかった。ざわつく球場の中で、和香は祈るように両手を合わせた。大きな舞台、集まる視線、その肩にのしかかるチームの期待。堂々と打席に仁王立ちする、背番号4番の二塁手。高い守備力を持つだけでなく、打撃にも強いスター候補選手だ。
(あそこにいるのは、私のお兄ちゃん)

「わー、あの人かっこいいね」
「鈴木君? わかるー! わたしも前から狙ってた! あの人絶対プロ野球行くし!」
「えーすごーい、かっこいいー」
お兄ちゃんの姿をみて女子たちが沸き立つ。和香は彼女らに冷たい視線を送る。
「……ここはアイドルのライブ会場じゃない……野球観戦する場所よ……」
和香のぼやきは派手な応援にかき消され、誰の耳にも届かない。
下唇をそっと噛む。お兄ちゃんの事を何も分かっていない女子たちの黄色い声援を聞くと、試合を放り出して一人で帰ってしまいたくなる。

お兄ちゃんのこと、応援してるわ。
それが和香の口癖だった。
お兄ちゃんは、ありがとう、と優しい笑みを浮かべる。
一生懸命応援するから……これからも、私だけのお兄ちゃんでいてね。
そう言うと、お兄ちゃんはいつも決まって、肉刺だらけの固い手で和香の頭を撫でてくれた。
昔はそんなお兄ちゃんから離れられず、毎日のように野球場に通っていたけれど、今では大事な試合のみ応援しにいくようにしている。お兄ちゃんが野球を頑張っている間、私は野球の研究を続けたい。そしてお兄ちゃんがもしもつまづいてしまった時に、的確なアドバイスができるような妹になりたいと思っている。